
神奈川県警女性白バイ隊、そのキャリアと交通安全への想い
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機動力を活かして颯爽と走りながら街の安全を守っている神奈川県警察 白バイ隊には、女性の白バイ隊員で構成される「ホワイトエンジェルス」という部隊が存在します。女性ならではの優しさや接しやすさを生かして交通事故防止を図ることを目的に、1986(昭和61)年に発足した部隊は、神奈川県内の日々の交通安全を見守るほか、二輪車安全運転講習や交通安全キャンペーン、イベントでの交通対策、交通安全普及活動、交通安全のためのアドバイスを発信するなど、さまざまな活動に従事しています。
神奈川県の道を守る神奈川県警白バイ隊「ホワイトエンジェルス」の貂革美聡氏(以下、貂革氏)に、憧れから始まった白バイ隊員への想い、日々目にしている交通事情と安心・安全なバイクライフのあり方を伺いました。

貂革 美聡 氏
(てんのかわ みさと)
神奈川県警察本部 交通部 交通総務課 交通事故防止対策隊「ホワイトエンジェルス」リーダー
2017年、神奈川県警察官として拝命。交番勤務、交通指導係を経て、2021年に交通総務課「交通事故防止対策隊」に所属する女性白バイ隊「ホワイトエンジェルス」へ配属される。現在は「ホワイトエンジェルス」のリーダーを務めている。夢は警察署所属の白バイ隊員。
バイク歴はホンダ「ディオ」、ホンダ「VTR250」、カワサキ「Z900RS」など。
白バイ隊員を目指したワケ

現在、「ホワイトエンジェルス」のリーダーを務める貂革氏は、幼い頃からバイクやクルマへの憧れを持っていました。
「私は神奈川県横須賀市で生まれ育ちました。公共交通機関の便から電車を使うことがあまりなくて、我が家にとってクルマは欠かせない存在でした。両親がバイクに乗っていたわけではありませんが、自分たちの乗り物で移動することが前提という環境でしたので、自然とバイクも身近な存在になっていました。子どもの頃から将来自分も、クルマやバイクに乗るんだろうなぁって思っていましたね」
貂革氏は16歳で原付免許を取得してディオを、そして18歳で普通二輪免許を取得してVTR250を購入するという、着実にライダーとしてステップアップしていきました。大型二輪免許も取得してZ900RSを選ぶなど、現在は公私ともにバイクがある生活を送っています。
そんな貂革氏が警察官、そして白バイ隊員になろうと思ったキッカケは何だったのでしょうか。
「子どもの頃から『警察官ってカッコいいな』ってずっと憧れを抱いていました。それと、ルールを守らない人が嫌いというのも警察官を目指した理由のひとつです」

そしてもうひとつ、大きな理由を聞かせてくれました。
「高校生のときに、友だちや身近な人がバイクの事故に遭う姿を見て、悲しい思いをしたことが大きかったです。私自身はバイクが大好きで、ルールを守って安全に乗っていればすごく楽しくて気持ちのいい乗り物だと思っています。だからこそ『私が白バイ隊員になって、より良い道路環境を作る一員になりたい』と思ったんです」
自分のような悲しい思いをする人を少しでも減らせるようにと白バイ隊員を目指したそうです。
白バイ隊員になるまで

貂革氏は2017年10月に警察学校に入校、翌年7月に地域警察官として交番に勤務することになりました。
「約2年、交番勤務に従事しました。主に交通取締りや遺失物(落とし物)の扱い、道案内などが業務の中心です。他にも刑事課が受け持つ事案の手伝いや生活安全課の事案など、いろいろな対応を経験しました。
テレビドラマにもなりましたが、交番勤務する女性警察官が主人公の漫画で描かれている内容は私たちの働くさまにそっくりです。この漫画に、神奈川県警察学校が舞台の警察小説を組み合わせたら、ほぼ現実の通りですね」

“お巡りさん”としての経験を積んでいった貂革氏は、その後、神奈川県警察の交通指導係に異動します。憧れである白バイ隊員への思いが一層強まり、上司や署の先輩に「白バイ隊員になりたい」ということを伝え続けました。
その甲斐あって、交通指導係 配属から半年後、現在の交通総務課 交通事故防止対策隊へ異動したのです。
「交番勤務から始まる警察官としての道ですが、その先は“何になりたいか”を積極的にアピールしました。白バイ隊員、交番勤務、刑事、鑑識など、警察の中にはさまざまな役割があります。そのためには自分が目指しているものを周囲に伝えること、そして熱意ですね。適性もあるので、伝えれば必ずなれるわけではありませんが、それでも“なりたいもの”を決めるところから始まります」

交通総務課 交通事故防止対策隊に配属された貂革氏を待っていたのは、約2カ月に及ぶ「新隊員訓練」でした。あらゆる装備を搭載したホンダ「CB1300 SUPER BOLD’OR」をベースとする白バイ総重量は350キロにも及びます。そんな超重量級バイクでの訓練が毎日行われる新隊員訓練はさぞ過酷なものと想像してしまいますが、貂革氏は笑顔を見せます。
「確かに大変でしたが、楽しかった思い出の方が大きいですね。白バイ隊員として勤務するようになると、訓練の時間ってなかなか取れなくなるんです。あの頃に戻れるなら、もう1回戻りたいですね」
それでも、やはり訓練は大変だったそうです。
「この頃Z900RSを保有していたんですが、300キロを超える白バイの取り扱いは比べものにならないほど難しかったです。最初はセンタースタンドもかけられないし、引き起こしもできない。8の字走行どころか(グルグルと一定方向に回る)0の字走行もできませんでした。訓練のあいだは全身筋肉痛で、毎日あざだらけになっていました。
でも憧れの白バイ隊員としての第一歩を踏み出したところなので、『もうダメだ』と諦めることは一切なく『頑張ろう!』と、いつも自分を奮い立たせていました。その気持ちのおかげで、訓練を乗り越えられ、今の自分があるのだと思います」
白バイ隊員の仕事

貂革氏が配属された「ホワイトエンジェルス」は、神奈川県警察本部 交通部 交通総務課の交通事故防止対策隊の女性白バイ隊員の通称です。同隊は1986年9月16日に結成された女性隊員の白バイ隊で、神奈川県民を交通事故から守る“白い守護神”の意味を込めて名付けられました。現在、メンバーはリーダーの貂革氏を含めて4名で構成されます。

ホワイトエンジェルスの主な任務はパトロールの他、県内で開催される二輪車安全運転講習や交通安全キャンペーンにおける白バイ体験乗車、プロテクターなどの普及活動、パレードやマラソンの先導・交通対策、さらにSNSを活用した交通安全アドバイスなど、さまざまな活動に取り組んでいます。
「二輪車安全運転講習は、一般ライダー向けのものの他に、郵便局やフードデリバリーの会社などが主催するものもあって、オンシーズンになると一カ月間のほぼ毎日が講習会ということもあります。
安全運転の啓発活動にSNSも積極的に使っていて、配信する動画は自分たちで撮影や編集をしています。もちろん、通常業務であるパトロールをしっかりやることが前提です。なかなか訓練の時間が取れないのが難点で、時間と場所を確保していても急な取り締まりに向かうことになってお流れとなったりしますね。だから、しっかりと基礎技術を身につけられた新隊員訓練の頃に戻りたい気持ちになるんです」
白バイ隊員として伝えたいこと

バイクが大好きで、憧れの白バイ隊員になる夢を叶えた貂革氏。実際に白バイ隊員になる前となった後とで、バイクへの接し方が大きく変わったと言います。
「制服を着て白バイで走るようになると、周囲の注目を感じます。常に見られる存在なんだと改めて感じ、乗車姿勢から走り方まで、正しい乗り方を心がけるようになりました。
また、見られるようになったことに加えて、見ることへの意識も高まりました。
ひとつは、周囲の状況をしっかり見ることです。道路状況をしっかり確認する、車線変更の際はミラーだけに頼らずに必ず目視する、違和感のある挙動のクルマがいたら巻き込まれないように車間距離を空ける、などです。周囲がしっかりと見えていることが、安全運転につながるのだと思います。
そして、自分の目でバイクの状態をしっかり見ることです。点検は常に行い、洗車のときも目が行き届いていないところがないか確認します。
バイクだけでなく、装備も常に良い状態を保つよう心がけています。ヘルメットのシールドには曇り止めや撥水剤を塗布して透明度を保つことで、どんな状況でも周囲を正しく確認できるようにしています」

最後に、白バイ隊員になりたいと思っている人たちに向けてメッセージをいただきました。
「決して運転が上手である必要はありません。中にはサーキットを走ると速いけど、身についたクセがなかなか取れないという人もいます。それよりも大切なのは、『白バイ隊員になりたい』という強い思いです。
身長160センチの私にとって、初めて目の当たりにした白バイはとてつもなく巨大な乗り物でした。白バイ隊員を目指した強い気持ちがなかったら、新隊員訓練のときに挫けていたかもしれません。楽しさを忘れずに乗り越えられたのは、バイクを愛する気持ちと、白バイ隊員への思いがあったからです。
ひとつでも悲しい事故を減らしたい、大好きなバイクとともに安全な交通環境に寄与したい。そんな思いを抱いている人と一緒に街を守っていきたいですね」
愛するバイクで街を守る白い守護神

小さい頃から憧れていた白バイ隊員になる夢を叶えた貂革氏の日々は、忙しくも充実しています。もちろん楽しいことばかりではなく、悲しい事故の場面に遭遇することもありますが、「悲惨な事故を減らしたい」という気持ちとともに、日々の業務に勤しんでいます。好きというだけでは続けられない過酷な任務も含めて、白バイ隊員としての誇りを胸に取り組む貂革氏の笑顔が印象的でした。
2024年、神奈川県内での交通事故死者数は109人に及びました。同県にはバイクで走ると楽しい場所が数多く存在し、他府県から多くのライダーが訪れます。その多さに比例してバイクの交通事故の発生率も高まってしまい、未だ悲しい事故が後を断ちません。神奈川県警が毎年6月に実施する「二輪車交通事故防止強化月間」が今年も行われる予定で、貂革氏らホワイトエンジェルスも交通安全啓発活動に尽力されます。バイクを愛する者同士として、神奈川県警とともにかけがえのない命を守っていきましょう。