スポーツ功労者として文部科学大臣より顕彰を受けたモトクロスライダー東福寺保雄氏
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2023年12月21日、53回目となる公益財団法人日本プロスポーツ協会制定の「日本プロスポーツ大賞」が開催され、2023年にワールド・ベースボール・クラシックで日本代表を優勝に導いた栗山英樹監督をはじめとする個人、団体が各賞を受賞しました。そのなかの「モーターサイクルスポーツ」の分野において、ホンダの元ワークスライダーであるモトクロスライダーの東福寺保雄さん(以下、東福寺さん)が文部科学大臣より「スポーツ功労者」として顕彰を受けられました。
文部科学省が取り組む「スポーツ功労者」とは、我が国のスポーツ振興に関し、特に功績顕著な者を「スポーツ功労者」として文部科学大臣による顕彰を行うものです。プロスポーツ史上特に優れた成果を挙げた方や、多年にわたりスポーツの向上発展に貢献した方がその対象者で、その一人としてモトクロスライダーの東福寺さんが選ばれました。
今回、東福寺さんにお話を伺い、これまで歩んできた道のりを振り返っていただきました。
東福寺保雄
出身地:山梨県
誕生日:1956年10月18日
モトクロスライダー。元ホンダ・レーシング所属。1972年レースに初参加。1980年から1990年にかけて全日本モトクロス選手権国際A級で9回のチャンピオンに輝く。2023年12月、文部科学大臣より「スポーツ功労者」を顕彰。
初めてモトクロスバイクに乗った日の思い出
2人兄弟で育ったという東福寺さん、近所にモトクロスチームを率いる12歳差の叔父が住んでいたことがモトクロスバイクへの興味を持つきっかけだったそうです。ヘッドライトがないバイクがたくさん並んでいて、土曜日になるとバイクの音が鳴り響き、そして日曜になるとそのバイクが一台もなくなってしまうという光景が日常でした。
叔父がモトクロスバイクで疾走する河川敷まで、バイクが好きな兄と一緒に自転車で赴いたある日のこと。叔父から「乗ってみないか」と誘われ、それからモトクロスバイクの虜になったといいます。
「いつも側から見ているバイクに初めて乗れたときの感動は格別で、今でもよく覚えています」
中学校に進学すると、叔父からバイクを借りて乗ることが増えました。兄は叔父からモトクロッサーを譲ってもらい、ふたりでよく一緒に走ったそうです。
あるとき、いつものようにレースに参戦していた叔父が転倒によって骨折してしまい、翌週のレースに出られなくなってしまいました。それを受けて、代わりに参加したのが東福寺さんだったのです。
メーカー主催のレースで、4クラスあるなかの上から2クラス目に参戦した東福寺さん。なんと、このレースで常連ライダーと初参加の東福寺さんがトップ争いをすることとなり、その走りっぷりがメーカー担当者の目にとまることに。
レース後、その担当者から「全日本モトクロス選手権に出ないか」と声をかけられ、その瞬間から東福寺さんのモトクロス人生が本格的に始まったのです。
意のままに操れるワークスレーサーとともに駆け上がった現役時代
レーサーとしてキャリアをスタートさせたころ、特に覚えているのはスタートを待つ先輩たちの鬼気迫るほどの気迫で、とても勝てる気がしなかったそうです。
2年目に他チームへと移籍する際、移籍先のチームに所属していた経験豊富な2人のライダーからかけられた言葉が今でも記憶に残っていると言います。
「『今はまだ君のランキングは僕らより下だが、間違いなく上位に上がってくる実力がある。うちのチームのために一緒に戦ってくれ』と言われたんです。それがとても潔くて、新しいチームで気持ちよく走ることができました。
新しいチームでは、ライダーの走り方に合わせたワークスマシンの開発を手がけてくれたことから、成績が一気に上がっていきました。東福寺さんが思い描く直進性やコーナリングの感覚に合わせるため、1ミリ単位でフレームを調整したこともありましたね。
自分の希望に合ったトルクやレスポンスを生み出してくれるエンジンにセッティングしてもらえ、実力を如何なく発揮できました。レースでの競り合いは本当に激しかったですが、それ以上に楽しさが増していました」
先輩の勧めから自分自身でモトクロスチームを持つようになった東福寺さん。多いときには20人ものチーム参加希望の若者が集まり、彼らと切磋琢磨しながらのモトクロス人生を過ごしていかれました。
そして30代を迎え、全国のモトクロススクールに呼ばれることが多くなったころには、現役引退後の将来として、「小さなコースでもいいから、子どもたちがモトクロスを体験できる場所を作ろう」という気持ちになっていました。
後進の育成に心血を注ぐ現在の活動
現在ご自身が監督を務める「T.E.SPORT(ティ・イー・スポーツ)」は全日本モトクロス選手権シリーズをはじめ、関東選手権など数多くのモトクロスレースに参戦しています。レース参戦以外にも、モトクロスのスクールを開催しており、スクールは月に2〜3回で、1回50分のカリキュラムが組まれており、その会員登録は延べ1,700名にも及びます。
ここには東福寺さんの教えや取り組みが存分に盛り込まれており、マシンはもちろん、ヘルメット以外の装備はすべて「T.E.SPORT」で用意されているので、ヘルメットとウェア類だけ持ち込めは参加OKという気軽さが魅力です。
ライディングスクール用のバイクをメンテナンスするのもスタッフの仕事ですが、生徒が安全に楽しむためには万全な状態のマシンでなければならず、修理はもちろんメンテナンスにも非常に多くの時間を割くとのことでした。
「生徒のなかには3歳のお子さんもおり、その歳からモトクロスに触れて成長していく姿が、これからのモトクロスの普及に繋がるんだ」と東福寺さんはおっしゃっていました。スクールを楽しむハツラツとした生徒の笑顔や、新しい取り組みに挑戦する生徒の姿を見て、東福寺さんの頬も緩んでいました。
「土の上でのジャンプや、マシンの進行方向にかかるG(重力)をいかにコントロールできるようになるか。あるときは凸凹のある地面を飛び越えたり、あるときはマシンをしっかりと抑え込んだり、またあるときはより遠くにジャンプするためにGをかけたりと、地球を抑え込んだり離れたりする際の浮遊感を全身で感じられるのがモトクロスというスポーツなんです」
モトクロス次世代の育成にこれからも力を注ぎ続ける
現在「T.E.SPORT」に所属する女子ライダー川井麻央選手が全日本モトクロス選手権レディースクラスで3回チャンピオンに輝くなど、着実に次世代が育ってきています。今回のインタビューでもっとも印象的だったのは、「一生懸命頑張る子どもの姿がこの活動を続ける一番のモチベーション」と目を細めながら語る東福寺さんの表情でした。
こうした次世代の育成と活躍を目の当たりにしながら、これからもモトクロスというモータースポーツの普及に心血を注がれていくのでしょう。