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国内バイク4メーカーが共同で取り組む水素小型モビリティ・エンジン研究組合「HySE」とは

脱炭素社会の実現に向けた取り組みのひとつとして、自動車メーカーなどで石油に代わる燃料を用いた動力の開発が進んでいることは多くの方が知るところかと思います。電気自動車や電動バイクなど電気をエネルギーに用いた乗り物が普及しつつある一方、他のカーボンニュートラルな燃料による動力源の開発も着々と進んでいます。

今回ご紹介する「HySE(ハイス)」は、次世代エネルギーとして注目される「水素」を燃料に用いた安全で小型のエンジンを実現すべく、カワサキモータース株式会社(以下、カワサキモータース)・スズキ株式会社(以下、スズキ)・本田技研工業株式会社(以下、ホンダ)・ヤマハ発動機株式会社(以下、ヤマハ発動機)という国内バイクメーカー4社が主体となり立ち上げた技術研究組合 / 水素小型モビリティ・エンジン研究組合です。2023年5月に立ち上げられたHySEは、翌2024年1月にサウジアラビアで開催された「ダカールラリー2024」に水素エンジンを搭載したバギー「HySE-X1」で参加。見事最終日まで走り抜き、クラス4位を獲得しました。

未来のバイクのエンジンに用いられる可能性を秘めた水素エンジンの研究は今、どのような状況にあるのか。「ダカールラリー2024」を経て研究が一層進む現状と課題、実現性について理事長の小松賢二氏(以下、小松理事長)と「ダカールラリー2024」プロジェクトリーダーの中西啓太氏(以下、中西さん)にお話を伺いました。

HySE理事長
小松 賢二

1965年名古屋市生まれ。
1992年ヤマハ発動機(株)入社。AM事業部AM第1技術室に配属され、主にシリンダヘッド設計に従事。2018年にAM事業部長、2023年に技術研究本部長に就任。現在に至る。

プロジェクトリーダー
中西啓太

1973年札幌市生まれ。
1998年にヤマハ発動機(株)入社。自動車エンジン開発を請け負うAM事業部AM第1技術室に配属。入社以来、一貫して適合分野に従事し、2015年より水素エンジン開発を担当。2021年にAM第1技術部長、2024年からAM第2技術部長に就任。現在に至る。

HySEとは

ガソリンなどの化石燃料に変わるカーボンニュートラルな燃料として、水素が注目されています。しかし、量産エンジンとして実用化するにはまだまだ多くの課題があります。

そこで、水素エンジンの実用化に向けて基礎研究を行うことを目的に設立されたのがHySEです。組合員はカワサキモータース、スズキ、ホンダ、ヤマハ発動機の国内4メーカーに加え、トヨタ自動車株式会社と川崎重工業株式会社の6社です。

設立は2023年5月で、2年目に突入したばかり。しかし、すでに「ダカールラリー2024」に参加するなど、多くの話題を生み出していることでも知られています。

そこでまずHySEの活動状況に触れる前に、ダカールラリー2024を振り返ってみましょう。

ダカールラリー2024は研究の場であり、アピールの場でもあった

サウジアラビアで開催されたダカールラリー2024に参加した水素エンジン搭載バギー「HySE-X1」

HySEの活動は小型水素エンジンの実用化に向けた基盤技術確立が目的であり、レースに参戦することではありません。「しかし……」と小松理事長は言います。

「組合としていろいろと活動するなかで、一般の人はもちろん、この業界にいる人たちにも『我々がどういう活動をしているか』をアピールすることも重要だという話が出ました。その方法として、レースイベントに出るというのは非常に効果的なのではないかと。そこで、ダカールラリー2024への参加を決めたのです」(小松理事長)

HySE理事長の小松 賢二さん

ちょうど2024年1月に開催されるダカールラリーから、「ミッション1000」というクラスが新設されたことも参加の大きな理由でした。このクラスはハイブリッドエンジンなどの最先端技術をダカールラリーの実践環境で試すためのクラス。過度にハードなコースを走行することなく、参加チームがその技術を投入できるということで、大きな注目を集めていたのです。

「アピールの場としては申し分ないということで、参加を決めました。だけど、決まったのが昨年(2023年)の8月。1月のラリーまで5ヶ月しかない状況で、本当に間に合うのかという状態でした」(小松理事長)

ダカールラリーに参加しようかと話が出たのが2023年7月とのことで、組合設立からまだ2ヶ月しか経っていない頃だそうです。そこから「出るのか」「出ないのか」と話し合いを続け、正式に参加を決定したのが8月中旬ごろでした。まさにギリギリの決定だったのです。

そのため、プロジェクトリーダーの中西さんは「完走は厳しいだろう」と考えていました。

ダカールラリー2024のプロジェクトリーダーを務めた中西 啓太さん

用意したマシンは、カワサキ・Ninja H2のエンジンをベースにした水素エンジンを、ベルギーのオーバードライブ社製シャシーに搭載したバギー・HySE-X1です。

「完走できると思っていた人は半分くらいだったと思いますよ。だから最初は、最悪デモランだけでもできればと思っていました。初日と最終日と、あとは人が集まる真ん中の計3日間だけ出られればいいかな、と。それでもダカールラリーに出たことに変わりはないからね、って(笑)」(中西さん)

直前まで水素エンジンの調整が施されました

しかし、約5ヶ月という限られた時間の中でスタッフは最善を尽くし、全行程922kmの約90%、830kmを走破。レギュレーションにより「完走」が認定され、クラス4位という結果で終えました。

「全行程を走ったわけではないので、完走したとは思っていないですね。結果を見ると、正直できすぎちゃったなとも思っています」(中西さん)

クラス4位に入賞し、表彰されるHySEのプロジェクトチーム

「こういう想定ではありませんでした」と頭を掻く中西さんですが、その要因を聞くと、小松理事長から意外な言葉が返ってきました。

「もちろん技術的な面もありますが、ドライバーに恵まれたってところも大きいですね」(小松理事長)

中西さんが続けます。

「コースや距離に応じてドライバーが『これなら、こういう風に走ればいける』ということを3日目くらいに理解してくれました。ドライバーの心理としてはアクセルを踏みたくなるのですが、そうすると燃料が足りなくなってしまうんです。そのことを理解してくれるドライバーだったので、燃費を考えて走り切ってくれました」(中西さん)

だからこそHySEでは、今回のダカールラリーは「参戦」ではなく「参加」と呼びます。順位を競うのではなく、水素エンジン研究における現在位置を確かめることが重要だということです。今回のダカールラリー2024はゆっくりと、燃費と水素残量を考慮しながら走り切ったからとのことですが、それでも設立から1年も経っていない状況で、ダカールラリーで結果を残したことは素晴らしいと言えるでしょう。

ダカールラリー2024に参加したことで手応えと課題を手に入れられたHySE

また、来年に向けての課題も見つかりました。

「今回は時間がなかったのでチューニングを煮詰めることができませんでした。そのため燃費が悪くなってしまい、ドライバーもアクセルを踏み込めなかったのです。だから、タンク容量を大きくすれば、来年はクラス1位も狙えると思います。

でも、それでは意味がありません。私たちはレースに勝つためにHySEの活動をしているわけではありませんからね。

来年はタンク容量を増やさずに、チューニングをしっかり詰めて燃費を良くしようと思っています。今度はドライバーがしっかりアクセルを踏み込めるようにしなければいけません。結果的にそれが良い成績にもつながるはずです」(中西さん)

現在のHySEの活動状況とこれから

カワサキ Ninja H2のエンジンを用いたHySE-X1の水素エンジン

ダカールラリー2024ではクラス4位を獲得し、水素エンジンは実用化寸前なのでは? と思いきや、やはり現実はそんなに甘くはないようです。

「ガソリンと違って、水素エンジンの設定は楽と言えば楽なんです。ガソリンは液体なのでインジェクターや燃焼室の壁にくっついてしまいます。その分、ガソリンを多めに吹くなど、セッティングが必要ですが、水素は気体なので壁につきません。可燃領域もすごく広いから、なんとなくセッティングを出しても、なんとなく走ってしまう。アバウトな空燃比でも燃えちゃうんですよ」(中西さん)

では、やはり実用化寸前なのでは?

「いいえ、逆に燃えやすいがゆえに異常な燃焼を引き起こすことがあるんです。特に、点火よりも早く筒内で着火してしまうプレイグニッションという現象が、ガソリンエンジンよりも発生しやすくなるんです。試験室では起きないように設定しましたが、実際のダカール実走行でプレイグニッションが記録されています。環境変化に対するロバスト性が十分とは言えません。

量産エンジンとして実用化するには、それではダメですよね。異常燃焼をゼロにしなければ、安全な運用はできません」(中西さん)

※ロバスト性とは、「強健な」「丈夫な「頑丈な」「つくりのがっしりした」という意味

ガソリンエンジンは長い歴史があるので、異常燃焼が起こる原因や対処法は確立されています。しかし、水素エンジンはまだまだ分からないことだらけです。どういう状況で異常燃焼が起き、どうすれば起きなくなるのかは、まだまだ研究を続けなければならないそうです。

これらの問題を解決すれば、HySEが掲げる水素エンジンの小型化や安全性について、大きな前進となるのでしょう。

しかし、問題は異常燃焼だけではありません。

そのひとつが、意外にも排ガスの問題です。水素エンジンは燃焼後に残るのは水素(H)と酸素(O2)が化学反応を起こしてできた水(H2O)だけと思っている方も多いでしょう。しかし実際には、微量の二酸化炭素(CO2)や炭化水素(CH)も発生するそうです。

「水素エンジンもエンジンですから、潤滑オイルが燃焼して微量ながらも炭化水素などを発生させるのです。また、高温で燃焼するため、NOx(窒素酸化物)が出てしまいますが、今後の研究によって燃焼段階においては限りなくゼロに近づけることができます。

他にも水が燃焼室内に残るとサビや劣化、オイルが乳化する原因にもなります。量産化や実用化に向けては、まだまだ課題だらけなのです」(小松理事長)

さらに大きな問題がインフラです。いくら水素エンジンが実用化されても、水素ステーションがなければ街を走らせることはできません。現在、都市部を中心にいくつかの水素ステーションがありますが、まだまだ十分とは言えない状況です。しかも、今のままでは技術的にも法規的にも、バイクへの水素充填は不可能とのこと。

「今の水素ステーションで水素を入れるには約50Lの燃料タンクが必要です。それ以下だと水素を充填する際の圧力が急に上がり過ぎて、タンク内の温度が急上昇して危険なのです。

だけど、法律ではバイクのガソリンタンク容量は23Lまでと決められています。つまり、法律が合致していない。燃料タンクを大きくすると法律違反で、小さくすると水素ステーションで入れられません。

こういう状況をなんとかしようという活動も行っています」(中西さん)

水素エンジンが搭載されたバイクの実現を夢見て

ダカールラリー2024の会場にて、HySE-X1に水素を充填する模様

技術的な課題は多いながらも、実用化に向けて確実に前進を続けているHySEの水素エンジン研究ですが、中西さんのお話にあるとおり、インフラが整わなければ意味がありません。

「そのためにも、やはりダカールラリーなどに出て、世の中に『もう水素エンジンはできるんだよ。技術的にはできているんだよ』ということをアピールすることも、大切なことだと思っています」(小松理事長)

「4メーカーそれぞれの個性が発揮できる水素エンジンの礎を築き上げたい」と語る小松 賢二さん(左)と中西 啓太さん

HySEの活動は5年を目処にしているそうです。5年後、水素エンジンの基礎的な技術が確立されれば、各社はその技術を持ち帰り、それぞれの社が思い描く新型の水素エンジンバイクを開発するとのことです。

昨年5月のG7広島サミットにあわせて併催された自動車業界のカーボンニュートラル達成に向けた取り組みを紹介する展示の基調講演でも、一般社団法人 日本自動車工業会 二輪車委員会 委員長である日髙 祥博氏(ヤマハ発動機株式会社 代表取締役社長)は「カーボンニュートラル実現に向けてマルチパスウェイ(多角的なアプローチ)でやっていこうと思っている」と述べています。

バイクを取り巻く環境は電動化の認知が進んでいますが、5年後にその流れは大きく変わっているかもしれません。HySEの活動について、MOTOINFOはこれからも注目していきます。

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