
世界へ挑戦する若手ライダーを支える、ヤマハ「BLU CRU SuperFinale」
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野球の大谷翔平選手のように、日本から世界へ羽ばたくことを夢見る若者は、モトクロスの世界にもいます。その挑戦を2016年から支えてきたのが、ヤマハのプログラム「BLU CRU(ブルークルー)」です。2026年10月2〜4日、フランス・エルネーにて、世界各地から120名の若手ライダーが招待された国際大会「YZ BLU CRU FIM Europe Cup SuperFinale」が開催されました。日本からも10代の2人が出場した同大会の現地の様子と、2人が世界の舞台に立つまでの道のりをレポートします。
世界の若手が集まる「SuperFinale(スーパーフィナーレ)」

モトクロスは、丘の斜面や起伏といった自然の地形を活かした未舗装のコースを、専用のオフロードバイクで走って順位を競うレースです。世界最高峰の舞台には、ヨーロッパを中心に転戦する「FIMモトクロス世界選手権(MXGP)」のほか、アメリカの「AMAスーパークロス」「プロモトクロス」などがあります。また、年に一度、世界各国のトップライダーが国を代表して競う国別対抗戦「Monster Energy FIM Motocross of Nations(MXoN)」が開催されます。

SuperFinaleは、そのMXoNまたはMXGPに併催される形で開かれる若手の国際大会です。YZ125、YZ85、YZ65の3クラスがあり、各国の選手権やBLU CRU Cupでの戦績などをもとに選ばれた若手ライダーが出場します。2026年大会にも、世界各地から選ばれた若手ライダーたちが集まりました。
今回の会場となったCircuit Raymond Demyは、丘の斜面を使った1周約1.6kmのコース。硬く締まった粘土質の路面に、大きなアップダウンが続きます。2026年はMXoNと併催され、世界のトップライダーと同じコースを同じ週末に走れることも、この大会ならではの貴重な経験となりました。
SuperFinaleで上位に入ったライダーには、その先につながるチャンスも用意されています。各クラスの上位3名などが、ヤマハによる指導やトレーニングを受けられる「YZ BLU CRU Masterclass」に招待され、そこで翌シーズンのサポート対象者が選ばれます。YZ125クラスから選ばれたライダーには、2027年のEMX125(ヨーロッパ選手権)にヤマハのサポートチームから参戦する機会が与えられ、YZ85とYZ65クラスから選ばれたライダーには、翌シーズンのヤマハによるサポートが提供されます。まさに世界への道を開く登竜門として機能している大会です。
このSuperFinaleへとつながる育成プログラムが、ヤマハの「BLU CRU」です。YZシリーズのアマチュアオーナーを対象に、レース参戦を支援する取り組みとして2016年に始まりました。掲げている理念は「レースを楽しむ人、自らの限界に挑み続ける人、夢を描く人を応援する」こと。日本国内では、無料の試乗会「BLU Camp」で最初の1台に触れ、全日本モトクロス選手権併催のYZ125のBLU CRU Cupで腕を磨くといった段階が用意されており、その一番先にあるのがSuperFinaleへの派遣です。ヤマハ発動機販売による日本の若手ライダーの派遣は2025年に始まり、2026年で2年目を迎えます。
日本からの派遣に応募できるのは、BLU CRUの会員で、規定の年齢やMFJライセンスなどの条件を満たすライダーです。選考では、地方選手権や全日本モトクロス選手権、BLU CRU Cupでの成績に加え、ライダーの将来性や能力などが総合的に評価されます。海外のレースに出るとなると壁になるのが費用ですが、現地での車両の貸し出し、エントリー費、ライダーと帯同者1名の往復の交通費と宿泊費、保険、そして現地での移動・レースサポート・通訳を担うコーディネーター1名の派遣を、ヤマハが受け持っています。
世界に挑んだ日本の若手ライダー2人

今回、日本代表に選ばれたのは2人。YZ125クラスには沖縄県出身の伊良皆龍翔(いらみな りゅうと)選手が、YZ85クラスには三重県出身の齋藤輪(さいとう わく)選手が選出されました。
伊良皆選手は全日本モトクロス選手権と併催される「Yamaha YZ125 BLU CRU Cup」で、2026年第4戦SUGO大会と第7戦近畿大会を連勝しているライダー。一方、齋藤選手も中日本選手権ジュニアクロスを中心にトップ争いを繰り広げており、全日本モトクロス選手権第7戦近畿大会でおこなわれたジュニアクロスでは、2位に23秒505の大差をつけて優勝を飾っています。
フランス・エルネーで迎えた決勝
SuperFinaleの決勝はMXoNのタイムスケジュールに組み込まれ、BLU CRUライダーたちも、世界のトップライダーと同じスタートゲートに並びました。

YZ85クラス決勝は15分+2周でおこなわれました。齋藤選手は1周目に10番手前後につけますが、その後の転倒で20番手以下に後退。それでも走行ラインを変えながら1台ずつ前のライダーをかわし、36台中12位でフィニッシュ。粘り強い追い上げを見せました。

伊良皆選手が出場したYZ125クラス決勝は、20分+2周。序盤に10番手前後まで追い上げたものの、目の前で転倒したライダーと接触し、順位を落としてしまいました。その後も追い上げを続けましたが、強い朝日で路面のわだちが見えにくい区間で再び転倒。21位でレースを終えました。
世界との差を知った2人
2人とも、日本ではレースの先頭を走り、常に追われる立場にいるライダーです。それが世界の舞台に立つと、トップを追いかける立場になりました。レースを振り返り、伊良皆選手が痛感したのは、トップライダーとのベストラップにおけるタイム差でした。「トップとは決勝で10秒の差がありました。日本に帰って、今まで以上に練習をしないと勝てないなと痛感しました」と、悔しさをにじませました。一方、齋藤選手も「レベルの高さを目の当たりにしました。路面の荒れ方も日本とは違って苦戦してしまって、シングルフィニッシュを目指していたので悔しいです。リベンジしたいです」と話しました。
上位入賞には届かなかった2人ですが、レースでの悔しさを噛み締め、今後に向けて「もっと速くなりたい」と闘争心を燃やしていました。10代のライダーが世界での自分の現在地を知り、来年までに何をすべきかを自分の言葉で話せるようになる。国内のレースだけでは得にくいこの意識の変化も、SuperFinaleが若手にもたらしているものです。
試乗会から世界へつながる道
今回、世界の舞台に挑んだ2人も、国内のレースで経験を積み重ねてきたライダーです。BLU CRUは、国内で腕を磨いた若手が、世界への一歩を踏み出すための機会を提供しています。渡航や宿泊、マシンの手配、言葉の壁と、10代のライダーが海外のレースに出るのは簡単ではありません。国内で勝ち始めた若手がその先へ進める道をメーカーが用意していることは、日本から世界を目指すライダーが育っていくうえで大きな意味を持っています。

















