
バイクの先進技術の今と未来を語る
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電動化や運転支援技術など進化し続けるモビリティの波がバイクにも及んでいます。126cc以上の二輪車には「ABS」(Anti-lock Brake System / アンチロック・ブレーキシステム)が義務付けとなったことをはじめ、変速を支援するトランスミッションや「ACC」(Adaptive Cruise Control / アダプティブ・クルーズ・コントロール)、「CBS」(Combined Braking System / 前後連動ブレーキシステム)など、ライダーの負担減や安全性を高める先進技術が搭載されたバイクが次々と登場しています。
その技術を正しく理解して、安心して便利に活用するため、二輪・四輪のCASE※1 / MaaS※2に詳しい交通コメンテーター 西村 直人氏にわかりやすく、詳しく解説いただきます。
※1:CASEとは、「Connected(コネクテッド)」「Automated/Autonomous(⾃動運転)」「Shared & Service(シェアリング)」「Electric/ Electrification(電動化)」というモビリティの変⾰を表す4つの領域の頭⽂字をつなげた造語
※2:MaaSとは、スマートフォンアプリなどを利用して、バスや鉄道などの複数の公共交通機関やモビリティでの移動サービスの「検索・予約・決済」をまとめて行えるようにするサービスのこと

交通コメンテーター / 日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)理事
西村 直人
1972年1月、東京都生まれ。
専門分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためにWRカーやF1、そしてバイク界のF1と言われるMotoGPマシンでのサーキット走行をこなしつつ、クルマ・バイクの草レースにも精力的に参戦中。
また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も積極的に行い、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。パーソナルモビリティ、二輪車、乗用車、商用車の開発業務も行っている。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席したほか、東京都交通局のバスモニター役も務めた。
2007年より、自律自動運転や先進安全技術の研修会(公的機関 / 教育機関 / 民間企業)における講師役を継続的に勤めつつ、2015年より警視庁の安全運転管理者 / 副安全運転管理者の法定講習における講師を担当。2017年2月には自律自動運転と人工知能にまつわる書籍「2020年、人工知能は車を運転するのか」をインプレスより出版。2018年は山形県公安委員会からの要請を受け、法定講習の講師を担当。
YouTubeチャンネル「西村直人の乗り物見聞録」では、工業製品としての成り立ちと、構成する要素技術を重要視していることから、開発者へのインタビューに基づいた動画レポート(試乗シーンを含む)を心掛けている。
進化する近代バイクとその背景

現在、新車で販売されているバイクには、さまざまな先進技術が搭載されており、なかには法律で義務化されているものもあります。これらの技術が開発されるようになった背景について教えていただけますか。
「バイクに限らず四輪車も含め、先進技術が搭載されるようになった背景には、1970年代の交通事故多発が重要な転換点として挙げられます。日本では1950年代からモータリゼーションが急速に進展し、国民の生活が豊かになる一方で、交通事故によって命を落とす人が急増しました。そのピークは1970(昭和45)年の1万6,765人で、“交通戦争”という言葉が生まれるほど深刻な状況でした。
とりわけバイクは転倒事故が致命傷につながる危険性が高いため、国内バイクメーカーと国は“技術と教育”の両輪で安全対策を進める必要に迫られました。ホンダは1970年に交通安全教育の専門機関『ホンダ安全運転普及本部』を設立し、関係各所と協力して長期的な安全普及活動を展開しました。以降55年間、安全教育と技術開発は相互に作用しながら進化を続けてきました」

2024年の交通事故による死者数は2,663人(警察庁「令和6年中の交通事故死者数について」より)ですから、1970年の1万6,765人という数字は6倍以上に及びます。“交通戦争”という表現にも頷けます。
「1980年代に入ると、四輪車で先行して普及し始めたABSがバイクにも導入される契機が訪れます。ドイツでは1978年、独エンジニアリング・テクノロジー企業『BOSCH』(ボッシュ)が四輪車向けABSユニットを開発しましたが、そのままでは二輪車への適用が困難でした。その後、四輪車での普及と技術改良によって小型軽量化が進んだことで、ドイツでは1987年にBMWが二輪車用として初めて同じくドイツの『FAG クーゲルフィッシャー』(当時)の油圧制御システムを用いたABSをK100シリーズに搭載しました。ブレーキング時のホイールロックを防ぐことで、バイクの転倒事故を大幅に減らす転換点となったのです。私もこのABSを搭載したK100RSに15年間、乗っていました。
このように社会受容性が高まると、技術は加速度的に進化します。1990年代にはコンピューターの進歩により、バイク特有の振動や衝撃に耐えられる制御装置が開発され、多くの安全デバイスが実用化されました。
同時期には、モータースポーツを通じてフレーム剛性やタイヤ性能、エンジン特性も進化し、安全性と快適性の両立が模索されるようになります。その一方で、1990年代後半から2000年代にかけては排出ガス規制や騒音規制の強化に直面し、技術者の夢が制約される局面もありました。
そうしたなか、ラストワンマイル※輸送におけるバイクの効率性が注目されるようにもなり、EV(電動)化の試みも進展しました。ホンダは1994年にニッケル・カドミウム電池を使った電動二輪車『ホンダCUV ES』を開発するなど、現在につながる電動化の萌芽が見られました」
※ラストワンマイルとは、人や荷物の輸送において集積拠点から最終目的地までの最後の区間のこと
ABSが登場して以降は、トラクションコントロールやCBS、ACCなど、安全技術や快適装備が次々と実用化された印象があります。
「2000年代以降、先進技術は“安全”と“快適”の両立を目指す流れが顕著になります。例えば四輪車分野で発展したミリ波センサーは、衝突被害軽減ブレーキとACCという、安全運転支援と快適性を高める運転支援の双方に活用され、コスト低減と普及を後押ししました。
また、これまで運転支援技術には『認知』『判断』『操作』の3要素が求められてきましたが、AI(人工知能)の導入によって『予測』が新たに加わり、『認知』『予測』『判断』『操作』の4要素へと技術の枠組みが変化しました。『予測』という、ヒトの第六感的な予測制御が加わることで事故回避性能が飛躍的に高まったのです。四輪車で進化したこの流れは、すでに一部のバイクにも採用されており、今後さらに波及すると予測されます」
近代バイクに搭載される先進技術

近年、国内バイクメーカー各社はトランスミッションの自動変速化やクラッチ操作の電子制御化など、先進技術の開発と導入に積極的です。ブレーキについても、電子制御サスペンションと協調制御するシステムまで登場しました。各社の先進技術と、ご自身で体感された際の印象についてお聞かせください。
「ホンダは古くから“イージーライド”の開発に積極的です。1958年の『スーパーカブC100』では自動遠心クラッチを採用し、1962年の『ジュノオM』ではバダリーニ式無段変速機、1977年の『AERA(エアラ)』ではトルコン式オートマチック、そして2008年の『DN-01』には『HFT』(Human-Friendly. Transmission / ヒューマン・フレンドリー・トランスミッション)を搭載するなど、常に新しい仕組みを取り入れています。
そして2010年に登場したのが、『VFR1200F』の『DCT』(Dual Clutch Transmission / デュアル・クラッチ・トランスミッション)です。当時、私はメーカーでトラック用のDCTを開発していたこともあって大変興味を惹かれ、発売直後に『VFR1200F Dual Clutch Transmission』を購入しました。クラッチ操作やシフト操作から解放されることで、最初はコーナリング姿勢に違和感こそありましたが、慣れてしまえば素晴らしいシステムだと感じました。特に時速2~3kmといった微速走行でのクラッチ制御が極めて緻密で、渋滞路での扱いやすさは群を抜いていましたね。
さらに2024年6月に登場した『CBR650R』『CB650R』に搭載されたHonda E-Clutchも印象的でした。クラッチコントロールを電子制御化した機構です。私は『CBR650シリーズ』と『レブル250』の両モデルでHonda E-Clutchを体感しましたが、1速でノッキングするほど速度を落としても絶対にエンストしません。それだけ制御が完璧なのです。
また、クラッチレバーをあえて残した点も高く評価できます。レバーをなくせばAT限定免許で乗れるのに、あえてライダーがオーバーライド※できるようにしたのです。この安心感は非常に大きいです。しかも約5万円のアップチャージでHonda E-Clutchを選択できるのですから、今後ますます普及するでしょう」
※ここでのオーバーライドとは、運転者の手動操作を優先することを指します

「ヤマハも独自の進化を遂げています。最新の『Y-AMT』(YAMAHA AUTOMATED MANUAL TRANSMISSION)は、2006年の『FJR1300AS』で採用された『YCC-S』(ヤマハ・チップ・コントロールド・シフト)に自動変速機能を加えたもので、ホンダのDCTと同様にクラッチレバーはありません。
特徴的なのはシーソー式シフトレバーの操作性で、左コーナーをフルバンクしている最中でもスムーズに変速できるのです。スポーツライディングを一段引き上げる技術だと感じました。しかも、内燃機関ならではの楽しさを残しつつ、クラッチと変速の操作だけをシステムに任せるという役割分担がはっきりしている点も秀逸で、現在は『MT-09 Y-AMT』と『MT-07 Y-AMT』、『TRACER9 GT+ Y-AMT』に搭載されています」

「カワサキは『Ninja 7 Hybrid』『Z7 Hybrid』に『6-SPEED AT』(6速オートマチック・トランスミッション)を採用しています。有段変速を残しつつ、EVモードでも4速まで活用できるよう設計されており、限られた条件のなかで最大限の性能を引き出そうという開発姿勢が伝わってきます。ホンダも1950年代から四輪車と並行してハイブリッド研究を進め、2018年には『PCX HYBRID』を発売しました。価格や免許制度などの課題は残りますが、トヨタ『プリウス』がそうであったように、このジャンルはユーザーの声を反映しながらどんどん改良されていくはずです」
※ホンダDCT、ヤマハY-AMT、カワサキ6-SPEED ATはAT限定免許でも運転可。Honda E-Clutchが備わる車両の運転にはMT免許が必要です

先進技術をどんどん導入しているホンダ、ヤマハ、カワサキとスタンスを異にしている印象を受けるのがスズキです。
「私もそう思います。スズキはDCTやE-Clutch、Y-AMTやハイブリッドシステムのような先進技術の早期実装に対して少し距離を置いている印象です。それよりも熱効率を上げる、燃費を良くすることなど基礎研究に重きを置いていて、そのスタンスの表れが鈴鹿8耐に参戦した『チームスズキCNチャレンジ』だと思います。CN(カーボンニュートラル)の名にあるとおり、環境負荷の小さい100%サステナブル燃料や再生可能資源等を用いたパーツから生まれた『2025チームスズキCNチャレンジGSX-R1000R』はスズキ独自の開発力によるものと言えます。スズキが今後、どのようなタイミングでどのような先進技術を導入してくるか期待しています」

快適性を高める運転支援と言えば、クルーズコントロールが挙げられます。ツアラーモデルやアドベンチャーモデルを中心に採用機種が増えてきました。
「四輪車では1950年代からアメリカで実用化されている技術で、近年はミリ波センサーやカメラセンサーなどを用いて前走車との車間距離も制御するACCも普及しています。当初、これらのセンサーやシステム開発は非常に高価でしたが、得られたデータを衝突被害軽減ブレーキの制御にも生かすことで、現在ではコストの削減に成功しました。
二輪車用のミリ波センサーはボッシュほか複数社が開発しており、現在はヤマハ、カワサキ、そして海外バイクメーカー数社が市販車に導入しています。ACCは一度使うと手放せなくなるほど便利な装備ですが、普及するためには利便性を体感した私たちメディアが、システムに過信を抱かせない分かりやすい発信をすべきでしょうね。
それと、四輪車と違って転倒抑制の観点から急ブレーキまでは掛けてくれませんから、ACCの動作によって減速を感じたらすぐに異変に対応できるようにライダーは意識の持ち方を変えなければならないと思います」
現在、ブレーキについてはABSやCBSの装備が義務化されています。
「どのメーカーもABSやCBSの先の技術として、二輪車向けの『AEB』(Autonomous Emergency Braking / 衝突被害軽減ブレーキ)を研究していますが、まだ実装には至っていません。今のところ、ヤマハがTRACER9 GT+ Y-AMTに搭載したレーダー連携『UBS』(Unified Brake System / ユニファイド・ブレーキ・システム)がもっとも進んでいるでしょう。
これは、前走車との車間が一定レベルを超えて接近、もしくは接近しそうになると、それを予測してライダーのブレーキ入力量をアシストするというものです。その際、電子制御サスペンションも連携するので、車体の過度なピッチングが抑えられます。
とはいえ、四輪車の衝突被害軽減ブレーキのように、システムが自動的にブレーキ制御をしてくれるわけではありません。あくまでもライダーの『ブレーキを掛けたい』という意思や操作をキッカケに発動するものです。こうした技術がさらに進化するのは、2025年から先の流れになるでしょうね」
導入が期待される先進技術とは

現在、バイク向けの先進技術はどんなものが研究され、そして近い将来どのようなものが採用されていくのでしょうか。
「まれに『二輪車と四輪車は相容れない』とおっしゃる方がいるんですが、こと技術の進化に関しては、四輪車で先行したものが後に二輪車にも採用される例が非常に多く、なかには二輪車の方が先行している技術もあります。いずれにしろ、かなりの部分でシンクロしているのです。
ボッシュでは2024年、最新のARAS(Advanced rider assistance system / アドバンスド・ライダー・アシスタンス・システム)という二輪車用安全運転支援技術をメディア向けに発表しました。これにはACCストップ&ゴーという、四輪車でいうところの全車速追従機能が取り入れられています。
また、二輪車に特化した機能としては、ACCでありながら千鳥走行にも対応した『GRA』(Group ride assist / グループ・ライド・アシスト)を採用しました。このARASを搭載しているのは、今のところ海外バイクメーカーのモデル1台だけなのですが、今後は多くのバイクメーカーが自社製品に採用するでしょう。
ライダーの高齢化が進んで久しいこともあり、加齢による身体的な衰えや視力の低下を補う技術開発も秘密裏に進められています。いずれ実現できると思いますが、車両価格が数倍になってしまう可能性があります。加えて、転倒するとセンサーに過度な衝撃が加わってしまうので、エーミング※1が再度必要になるでしょう。
パッシブセーフティ※2に関して、その代表例として挙げられるのはエアバッグですが、ボディのない二輪車はどんなに時代が進んでも一定の危険性は残ると思います。BMWが2000年にシートベルト付きの屋根付きスクーター『C1』を発売し、つい最近もその後継とも言える『Vision CE』を発表しましたが、こういうロールケージのような概念が出てこない限り、抜本的な進化はないと思われます」
※1:エーミングとは、先進安全装置に搭載されているカメラやセンサを正しい位置・角度に調整・校正する作業のこと
※2:パッシブセーフティとは、事故に遭った際の被害を最小限に抑えるための安全性能や装備のこと
先進技術を利用する上で知っておきたいこと

先進技術が採用されたバイクを運転する上で意識すべきことはありますか。
「過信は禁物、このひとことに尽きます。
例えば、クラッチ操作の必要がないシステムでは、スロットルの誤操作による不意な飛び出し事故が多く、以前からその実例が報告されています。ギアがニュートラルに入っていないのにブリッピング※してしまうとか、漫然と運転している際に無意識にグッと右手をひねってしまうなど、ですね。
それと、DCTやY-AMTなどのATモードなら自動的にシフトダウンしてくれるので、自分の技量以上の走り方ができることで、サーキットや峠道では普段よりも攻めた走り方をしてしまうかもしれません。しかも、バンク角を考慮したコーナリングABSによってスムーズに減速できますし、路面が荒れていてもトラクションコントロールや電子制御サスペンションがフォローしてくれるのです。バイクのポテンシャルを深く引き出せるのが先進技術の長所ですが、自身の技量を知ることも重要だと思います。何があってもリカバリーできる運転を心掛けていただきたいですね」
※ブリッピングとは、走行中にクラッチを切りながらスロットルを回してエンジン回転数を上げる行為のこと。ギアチェンジ時のエンジンとタイヤの回転差が小さくなり、スムーズなシフトダウンやショックの低減、エンジンブレーキの強化につながるテクニック

ACCの扱い方についてもお伺いさせてください。
「ACC搭載車両をご購入されたら、まずは通勤通学ルートなどの走り慣れた道(現時点は、高速道路や自動車専用道路での使用が前提)で追従走行を試してみてください。その際に車間距離の設定 ━━ 正確には車間時間で管理しているのですが、最長の距離から始めるのがセオリーです。ACCは夜間や雨天であっても最適な動作となるよう機能してくれますが、例えば前方に大きな水溜まりがあれば、経験を積んだライダーならハイドロプレーニング現象※を恐れてスロットルを緩めますよね。しかし、現在のACCはこうした場面でスロットルを緩める制御を行いません。あくまでもシステムがオブジェクトとして認知しているのは限定的なので、どういう点に注意すべきかを理解しておく必要があります。
私はこうした先進安全技術を“切れ味の良いハサミ”に例えています。美しいものを作れる道具である一方で、使い方を間違えれば自分の指を切ってしまったり、人を傷付ける道具になったりもする。ですので、どう扱うべきなのか、どういう原理なのかを予備知識として事前に頭に入れておくことは大切です」
※ハイドロプレーニング現象とは、濡れた路面を走行した際、タイヤと道路とのあいだにできた水の膜が排水しきれずにタイヤが浮き上がり、グリップ力を失ってコントロール不能になること
技術を正しく理解して安全に乗りこなそう

交通事故をひとつでも多く減らしたい。その願いから、半世紀以上もの長きにわたって先進技術は進化してきました。安全に直結する機能もあれば、快適性を高めて疲労を軽減し、副次的に安全性に寄与している機能もあります。「セオリー通りのライディングをすることが安全運転につながり、先進技術との親和性を高めるポイントにもなり得る」という西村氏の言葉は、技術に依存することなく正しく安全にバイクを操作することの重要性を示しているのだと思います。
今後、新しい先進技術の導入とともにバイクはますます進化していくことでしょう。最先端のバイクに触れる、または購入する機会が皆さんにも訪れると思います。そのときは取り入れられている技術を正しく理解し、安全運転を心掛けたライディングで新しいバイクを操ってあげてください。








