
バイクの安全運転とはどうあるべきか議論する
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ライダーの誰もが求めてやまない“幸せなバイクライフ”の実現には、一人ひとりが安全運転を心がけ、安心できる交通環境づくりに貢献することが欠かせません。そのためには具体的にどのような施策が必要なのでしょうか。
一般社団法人日本二輪車普及安全協会が2025年9月11日(木)に開催した第4回シンポジウム『二輪車の安全運転を考える』では、講師を務めたバイク業界の専門家から安全運転に必要な取り組みや施策が提示され、熱い意見交換が行われました。その模様をお伝えします。
第1部:講演

今回のシンポジウムに講師として登壇したのは、千葉県警察本部 交通部理事官兼交通部交通総務課付 千葉県 警視 石山 孝明氏(以下、石山氏)、山梨県立北杜高等学校 教頭 坂本 篤氏(以下、坂本氏)、本田技研工業株式会社 二輪・パワープロダクツ電動事業統括部 エキスパートエンジニア 谷 一彦氏(以下、谷氏)、一般社団法人 日本自動車連盟 ロードサービス部 技術課 菅原 一樹氏(以下、菅原氏)の4名です。それでは講演の模様をお伝えします。
【講演1】「近年の二輪車そのものに対する考え方及び安全意識の実態」

石山 孝明氏
1997年から、約15年間千葉県で警察官として従事されている石山氏。「自動車安全運転センター安全運転中央研修所」(茨城県ひたちなか市)への出向経験から、実践的かつ専門的で高度な知識と技能を習得しています。現在は、千葉県警察本部 交通部交通総務課理事官として、県内における交通事故防止対策及び事故統計の分析、安全運転管理や自転車等の対策、交通安全教育など多岐にわたり統括しています。
「近年、ガソリン車に代わって普及しつつある電動モビリティは、排ガス規制の強化に伴い、環境に配慮した乗り物として今後ますます街中で目立つようになると予測しています。特に、免許を必要としない電動キックボードなどの特定小型原動機付自転車は手軽に利用できる反面、警察庁が発表したデータによると、人身事故は338件、死者は1名、負傷者は350名にのぼっています。利用者の増加に伴い事故も増えると考えられるため、交通安全対策が重要です。
そこで、現在県警が行っている電動モビリティに関する交通安全対策を大きく3つに分けてご説明いたします。
1つ目は『交通ルールの周知・啓発活動の推進』です。電動モビリティは自転車や原付と区別がつきにくく、交通ルールもわかりづらいことから、広く周知する必要があります。利用者だけでなく、今後利用を予定している若年層や在住外国人など、多様な層に対して交通安全教育を推進しています。
2つ目は『販売事業者の把握と指導』です。新規販売事業者に対しては、インターネット検索や日常の警察活動を通じて迅速に店舗へ出向き、販売者が購入者に正しい交通ルールを周知できるよう指導しています。また、車両の判別を正確に行えるよう『小型モビリティ車両区分識別表』を作成し、その判断基準の普及に努めています。
3つ目は『シェアリング事業者との協議・連携』です。各自治体の担当職員と事業者が協議し、その地域の特性に応じた交通安全対策や道路情報の共有を行っています。これらの取り組みにより、電動モビリティの認知度向上を図っています。
最後に、2025年の問題として、総排気量50cc以下の原付一種については、2025年11月から新たに適用される排ガス規制の基準を満たすことが難しくなるとされています。その一方で、2025年4月からは道路交通法施行規則の改正により、総排気量50ccを超え125cc以下で最高出力が4.0kW以下に制御された車両(いわゆる『新基準原付』)が、従来と同じく原付免許のみで運転できるようになりました。
このルール変更により、利用者だけでなく他の交通者も環境変化に対応していただく必要があります」
【講演2】「高等学校における二輪車安全運転教育指導」

坂本 篤氏
2025年、山梨県立笛吹(ふえふき)高等学校から北杜(ほくと)高等学校に異動された坂本氏は、二輪車安全運転推進委員が認定する「二輪車安全運転特別指導員」の資格を持ち、長年にわたり高等学校の安全教育と二輪車安全普及活動に尽力されています。
「北杜高等学校では、1年生全員を対象に原付(実車両による)の安全運転講習とホンダのライディングシミュレーターを用いた授業を行っています。伝えたいポイントは、クルマの運転者の視点や交通相関の理解、違反の認識です。
山梨県では、保護者の同意を得たうえで原付免許を取得できる仕組みを採用しています。特に北杜市では交通安全指導を徹底しており、2年生・3年生のうち38%、さらにそのうち30%以上の生徒が原付免許を取得し、原付で通学している状況です。今後、新入生にも原付免許を取得し通学を始める生徒が現れる見込みです。
実際の事故や違反については、多くの高校生は一面的に理解しがちですが、事故や違反現場では大人と異なる見方や捉え方もあることを、交通安全教育を通じて伝えています。例えば、違反者や事故を起こした生徒には、内容を紙に書き出してもらい、その後、安全啓発ビデオの上映と振り返りを行う反省会を実施しています。ルールの教育だけでなく、自身の未熟さを自覚させる機会にしています。
また、山梨県には、あまり好ましくないローカルな交通ルール“山梨ルール”というものがあり、公道を走る際には山梨ルールに遭遇する場面が出てきます。こちらについても、ただダメだと言うのではなく、なぜ山梨県にはこのようなローカルルールが生まれたのか、その背景についても理解を深められるよう伝えています。
高校生という時期は、自立に向けた最後の準備期間です。自立のために必要な交通行動を身につけることも重要です。彼らは自己意識と自立志向が高まる時期であり、『ルールだから守る』のではなく、その意義を理解させる指導が求められます。さらに、経験不足による危険認識の甘さもあるため、安全な協調行動や危険予測の能力を養い、実感を伴う学びを促し内面化させることも重要です。身近な大人が模範を示すことも、交通安全教育の基盤となると考えています」
【講演3】「ホンダ二輪車安全運転技術への取り組み 先進ブレーキ編」

谷 一彦氏
1983年に本田技術研究所に入社された谷氏は、世界初の機械式ALB(Anti Lock Brake / アンチロックブレーキ)やブレーキバイワイヤシステムの開発に従事。以降、すべての先進ブレーキシステム開発に携わってきました。同社におけるブレーキシステムの知識と開発の歴史については「谷氏なくして語れない」とさえ言われています。
「ホンダは『2030年までに、ホンダ車が関与する交通事故の死者数を半減する』という目標を掲げており、そのため安全運転教育や技術革新に取り組んでいます。最終目標は『2050年までに交通事故死者ゼロ』とすることであり、その実現に向けて、先進ブレーキ、安全性を高める灯火器の拡大、交通安全情報ネットワークの構築など、さまざまな技術開発を進めています。
現在、二輪車の先進ブレーキについては、法規の適用が85%ほど進んでいる段階となっています。ホンダの安全関連技術への取り組みは、『予防する安全技術』『危険回避を支援する技術』『事故の被害を低減する技術』『最終的に何かがあった場合は自動的に通報する技術』という4つの段階に分かれており、現在は『予防する安全技術』の開発に尽力しています。
先進ブレーキは2016年に欧州で、そして2018年に日本で義務化される法規が施行されましたが、私たちはこの法制化以前から先進ブレーキを装着した車両を開発していました。ホンダの社長を務めた福井威夫が2004年8月、『2010年までに排気量250ccクラス以上のすべての二輪車にABS(Anti-lock Brake System / アンチロック・ブレーキシステム)付き連動ブレーキ装着車を設定します』という宣言を全世界に向けて発信しました。
先進ブレーキの普及拡大への取り組みとして、まず業務車両への先進ブレーキの搭載を始めました。安全運転のためのテスト環境が揃う『安全運転中央研修所』に通い、当時『VFR800』を使用していた白バイ隊員から乗り方やブレーキの掛け方を学びながら、ABSに求められるデータを整理していきました。さらに、今回のシンポジウムのような国内外の講演会で、論文による技術訴求も行っています。
小さな二輪車に無理なく装着可能なABSを開発するとともに、『ABSはスポーティではない』というイメージを変えるためにABS装着車両で『スーパーバイク世界選手権(2009〜2010年)』や『ル・マン24時間耐久レース(2011年)』、『ドーハ8時間耐久選手権(2011年)』に参戦し、この技術の普及とABSへのイメージを払拭するための活動を行ってきました。
このほか、2006年には世界初のエアバッグ搭載バイク『ゴールドウイング(GL1800)』を量産しました。ホンダの二輪車ブレーキ開発における3本の柱『操作性』『利便性』『安心感』を重視しながら、二輪車の大型化、高速化に対応できるディスクブレーキ機能の開発、初心者ライダーに必要な安心感や長時間ライドでの疲労軽減につながるコンビブレーキのあり方まで考えを及ばせ、緊急時のブレーキングによる前輪のロックを回避して車体を安定化させるABSの仕様を決めていくのが、ホンダの二輪車ブレーキの開発なのです。
これまで取り組んできた先進ブレーキやエアバッグ、各種プロテクター等を提供拡大していくことに加えて、次のステップとして安全安心ネットワークに対する技術を活かしていきます。そこで、ITS(Intelligent Transport Systems / 高度道路交通システム)による車間通信や路車間通信、そして緊急通報等の開発も進めていこうと考えています。例えば、見通しの悪い交差点でも、車両間の通信によってお互いの存在を知らしめて事前に危険予測できる機能の開発などです。これらの技術をもって、2030年以降の交通事故の死者数ゼロを目指していきたいと考えています」
【講演4】「二輪車のロードサービスと二輪アタッチメントの開発について」

菅原 一樹氏
2006年、一般社団法人 日本自動車連盟(以下、JAF)に入職、宮城支部ロードサービス隊に配属。以降、17年間にわたって過酷な現場において経験と技術を培われてきた菅原氏。2023年にJAF本部ロードサービス部 技術課に配属され、JAF社内にて隊員の研修や技能検定の企画・運営に携わっています。
「JAFは1963年に東京地区で四輪車へのロードサービスを開始し、その後、1984年から『全国統一ロードサービス』を展開しています。2023年には設立60周年を迎えました。二輪車には2005年の『最小車両によるロードサービス』から対応し、今年で20周年をむかえています。
JAFの活動は24時間365日ロードサービスを実施しており、現在は年間で約230万件の出動要請があり、時間にすると13.7秒に1件の割合で出動しています。JAFによる四輪及び二輪の救援件数を2020年度と2024年度で比較すると、四輪は約7.6%増加、二輪は約31.2%増加しています。2020年はコロナ禍で年間約2万件増加し、ロードサービスの需要も高まりました。
二輪車に関する2024年度のJAF出動理由トップ5は、以下のようになります」
2024年度 二輪車に関するJAF出動理由TOP5
| 一般道 | 高速道路 | |
| 1位 | 過放電バッテリー | 燃料切れ |
| 2位 | タイヤのパンク・バースト・空気圧不足 | タイヤのパンク・バースト・空気圧不足 |
| 3位 | 破損 / 劣化バッテリー | 事故 |
| 4位 | 事故 | 過放電バッテリー |
| 5位 | キー閉じ込み(メットインスペースにキーを入れてしまうなど) | 発電機 / 充電回路のトラブル |
「また、二輪車特有のトラブルとして、転倒時にレバーやパーツが破損して自走不能となるケースが多く、車両の搬送対応も必要となっています。JAFでは安全安心支援活動も展開し、応急対応だけでなく燃料補給や空気圧点検なども行い、トラブルを未然に防ぐ努力を続けています」

「これまで、不動車の搬送には車両積載車や多目的車を使用してきましたが、今後は『二輪アタッチメント』の開発により、レッカー車でも二輪車の搬送が容易に行えるようになりました。実車に取り付けることで車両を約20分で積載・展開でき、支援要請者の安全確保やサービスの向上につなげています。
今後も二輪車ユーザーに安心して通勤やツーリングを楽しんでいただけるよう、二輪車の救援要請に対する体制の強化や迅速な対応を可能にする全国での出動体制の強化、そして『二輪アタッチメント』搭載車両の拡大も行ってまいります」
第2部:パネルディスカッション

“二輪車の安全運転について考える”をテーマとして、それぞれの講座内容を踏まえ、講師陣と参加者による意見交換が行われました。内容は、パネルディスカッションでもテーマとして取り上げられた、「将来の安全な社会を担う高校生への交通安全教育」や「電動モビリティのルールの周知と導入」「国の道路事情によるブレーキの使い方と先進ブレーキの役割」「JAFの二輪トラブルの増加と傾向」「二輪アタッチメントの有効性」などが主な内容です。

「電動モビリティや特定小型原動機付自転車を正しく利用するための方法をどのように伝えているのか」という質問に対し、石山氏は次のように答えました。
「千葉県では、電動モビリティの走行はそれほど多くありませんが、日本人だけではなく外国人が乗車している姿も見られます。こうした状況を踏まえ、外国人などに対して電動モビリティの正しい乗り方や交通ルールだけでなく、生活に関わるさまざまなルールも伝える必要があります。当県では、いくつかの言語に対応した案内チラシを作成し、車両の識別やルールの説明をわかりやすく工夫しています」

高校生への安全運転教育をするうえでの工夫について問われた坂本氏は、実際に教育現場で目にする経験を踏まえて語られました。
「(高校生は)交通ルールについて頭ではしっかり理解していますが、実際に路上に出たときに自分で正しく判断し、安全な行動をとれるかどうかは別問題です。彼らは経験が浅く、不十分な点も多いのです。『なぜこのルールを守る必要があるのか』を自分でしっかり考え、理解させることが重要です。私たち大人は、交通事故やトラブルのリスクについて教えるとともに、実際に遭遇した場合の対応策まで伝えます。事故に遭ったときに何を優先すべきか、大切なことは何かを理解させ、主体的に判断できる力を養うことが必要です。そして、四輪運転者が二輪車の特性を理解することも大事だと考えています」

「先進ブレーキの開発には、諸外国の交通事情も影響するのか」という話題に答えたのは、谷氏です。
「今回の講座ではブラジルの資料をもとに説明しましたが、インド・タイ・ベトナムなど道路整備が十分ではない地域では、ブレーキ操作によって車体が不安定になることがあります。そのため、タイヤがロックしてもライダーがコントロールできることから、これらの地域ではリア(後輪)ブレーキが主に使用されています。こうした地域において『どうすれば安全にブレーキをかけられるか』を考えると、やはり前後のブレーキを連動させて止まることが最適だと考えています。国や地域によって道路状況や運転意識は異なるため、ハード面だけでなく、交通安全教育も重要になってきます」

JAFへの二輪車に関する要請内容について、菅原氏は講座内容の解像度を上げて話されました。
「本講座では、2020年と2024年での救援件数をご紹介しましたが、毎年約8,000件のペースで救援件数は増えているのが現状です。二輪車の場合は、北海道や東北、北陸など降雪地帯の場合がそうなのですが、雪が降る(寒くなる)と二輪車に乗らなくなり、冬を越したら春先にエンジンがかからない……という問い合わせが多くなっています。
要請されるライダーの年齢層は、若年層よりも40〜50代が多いのが現状です。また『二輪アタッチメント』の導入により、従来の車載車や多目的車ではアクセスしにくかった狭い道や住宅地などにもスムーズに向かえるようになり、対応範囲が広がっています」
改めて安全運転を心がける機会に

ライダーが安心して幸せなバイクライフを送れるように、安全な交通環境を築いていくことを目的に開催された今回のシンポジウム。登壇された講師の皆様がそれぞれの立場から、環境整備や教育、技術革新、サービス向上に努めていることが伝わる良い機会となりました。参加者もさまざまな話を胸に、安心・安全な二輪車交通のために何ができるかを改めて考えるきっかけとなったようです。私たちも日頃、バイクに乗る際には安全運転を意識して、楽しい乗車を心がけましょう。
グッドマナー JAPAN RIDERS(ジャパンライダーズ)
一般社団法人 日本二輪車普及安全協会
千葉県警察
https://www.police.pref.chiba.jp/
山梨県立 北杜高等学校
https://www.hokutoh.kai.ed.jp/








