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トレンドを作るバイクデザイナーに聞く!楽しいバイクライフを想起させるデザインとは?(カワサキ・澁田祐さん)

2023年3月17日に開催された第39回大阪モーターサイクルショーで世界初公開となったカワサキモータース株式会社(以下、カワサキ)のニューモデル「Eliminator」「Eliminator SE」(以下、エリミネーター)。普通二輪免許で乗ることのできる排気量398㎤のエンジンを搭載していることから、普通二輪免許を保有する若年層やリターンライダーなどから注目を集めています。

排気量400㎤クラスは、日本の免許制度に適応するために設けられたクラスと言っても過言ではなく、世界的に見ると大きな市場規模ではありません。しかしながら、あえてこのマーケットに挑むカワサキのモデルとして、どのようなデザインの挑戦があったのでしょうか。

カワサキの本社工場(兵庫県明石市)を訪れ、エリミネーターのデザインを手がけた企画本部デザイン部スタイリング第一課の澁田 祐(以下、澁田さん)にお話を伺うことができました。

 

想いは「思う存分バイクのある生活を楽しんで欲しい」

まずは、エリミネーターのターゲットユーザーについて澁田さんに尋ねました。

このモデルのメインマーケットは日本で、初めてバイクを購入する人やリターンライダーがターゲットとなっています。開発期間中はコロナ禍も重なり、通常の生活が送れなかったので 「バイクで外に出て風を感じて欲しい。そして、それぞれ思い思いの使い方で思う存分エリミネーターのある生活を楽しんでほしい」そんな思いでデザインを進めていました。

独自のロー&ロングでクールなスタイリングと謳うエリミネーター。さぞ男気あふれるワイルドな想いが背景にあるかと思いきや、エンジンのキャッチコピーにもあるように「パワフルなのに優しい」想いが伝わってきました。そして澁田さんのコメントから、デザイナーマインドの根底にもカワサキブランドに対する意識の存在を感じ取ることができました。

 

デザインコンセプトは“シン”エリミネーター

デザインコンセプトは「“シン”エリミネーター」。その“シン”の意味に込められているのは、「進化」の“進”、「最新・一新」の“新”、そして「親しみ」の“親”と、三つの要素が込められているとのことでした。

このデザインコンセプトに対して、その後のデザインプロセスにおける葛藤について澁田さんにお話を伺いました。

ご存じの方も居ると思いますが、実はエリミネーターという名前のモデルは30年以上も前の1985年にありました。当時のモデルはいわゆる“アメリカン”と言われたカテゴリーとは一線を画す、ドラッグレーサーのテイストを入れたモデルで、250㎤から900㎤までを取り揃えていました。

したがって社内には当時の開発メンバーもおり「旧エリミネーターのイメージをオマージュしても良いのでは?」という議論がありましたが、結果的にその道を選択しませんでした。

このモデルは新しい時代のユーザーの受け皿になってもらいたかったので、カワサキの匂いはあっても全く新しいモデルを作ろうと思いました。

取材時に数十枚のイメージスケッチを見せていただきましたが、実はそれらのスケッチはデザイン過程における一部に過ぎないとのこと。このことからも、さぞ多くの議論があったことが容易に想像できます。

 

エリミネーターのイメージスケッチ

 

緻密に計算して作り込まれたデザイン

次にデザイン的にこだわったポイントについて尋ねました。

全体のプロポーションについては『カワサキらしさ』にこだわりました。程よいスポーティさを持たせ、流れを感じさせるロー&ロングのデザインです。快適で扱いやすいだけではなく、憧れを感じさせるカワサキの雰囲気も持たせています。

クルーザータイプとして、堂々とした低いプロポーションからツボを外さないよう、フロントフォークのキャスター角度、前後タイヤのサイズや太さといったバランスを見ながら、ホイールベース(軸間距離)を最大限延ばしました。

 

少し苦労した点といえば、燃料タンクの容量確保と低いプロポーションを両立させることでした。このあたりは設計部門とのせめぎ合いがありました。

一般ユーザーへのヒアリング調査を行い、いただいた評価結果をもとに「よし、“シン”エリミネーターで行こう!」と社内関係者のベクトルを合わせることができました。

また、想定していたことですが、ヒアリングしたユーザーのなかには旧エリミネーターを知らないという人も一定数いました。このあたりが新しい方向にベクトルを合わせられた一因かもしれません。旧エリミネーターをよく知っている社内メンバーは少々苦笑いしていましたが。

 

特に顔周り(ヘッドライト&ビキニカウル)は、スポーティさを損なうことなく極力ボリュームを抑えることを目指したといいます。また、リヤフェンダーのデザインも、タイヤを大きくラウンドしてカバーするようなアメリカンと呼ばれていた頃の旧来的な形状ではなく、フレームにタイトフィットさせたデザインにこだわったそうです。

 

今までの仕事で印象深い思い出はヘッドライト周りに日本初のLEDを採用したZ1000のデザイン

画像は2014年式Z1000※欧州一般仕様

澁田さんはバイクデザイナーとしてカワサキに入社してから、もうすぐ20年となるベテランデザイナーです。

バイクデザイナーを希望して入社されたそうですが、過去に携わった製品について教えていただくと、バイクのみにとどまらず新興国向けのパーソナルコミューターやジェットスキーといったデザインも手掛けており、調査のために渡米した時のことを楽しそうに語ってくれました。

なかでも、Z1000で日本初となるLEDヘッドライトのデザインにチャレンジしたことは、バイクデザイナーとしての経歴のなかで非常に印象に残っているとのことでした。

“ストリートファイター”というカテゴリーは、スーパースポーツモデルの外装カウルを外して別体ヘッドライトを付けたスタイルとして流行しましたが、ストリートファイターモデルの先陣を切ったカワサキは、このZ1000についても並々ならぬ意気込みがあったようでした。

 

多趣味な澁田さんは休日も充実

少しパーソナルな質問として、普段なかなか知ることのできないバイクメーカーで働くデザイナー澁田さんや、同僚の方々のライフスタイルについて質問してみました。

私を含め、デザイン部署に所属するスタッフのあいだでは、いま林道やオフロードバイクが流行っていますね。

バイク遍歴はBANDIT400Vからはじまり、REBEL250、DUCATI 400SS、KSR80、TRX850、KLX250と、さまざまなタイプのバイクに乗ってきました。たまにですが、KLX250のタイヤを履き変えてミニサーキットでスポーツ走行もしています。

ちなみに、釣りも部署内でちょっとしたブームになっており、なかには出勤前に“ひと釣り”なんて人も少なくありません。兵庫県は、自然が豊かで遊ぶのに持ってこいの環境が揃っているのです。

家族ではキャンプも良くしますし、下手の横好きですが、ギター、サックス、ピアノ、電子ドラムなどといった楽器演奏も好きです。ファッションでは、少しゴツめの腕時計も大好きです。

最近は、息子のサッカーに付き合っているうちに審判の資格までとってしまいました。笑

いやはや、何とも多彩な趣味に囲まれて楽しそうな毎日を送られていることがよくわかります。このあたりが澁田さんの豊かで柔軟なクリエイティビティの源になっているのかもしれません。

 

ヒトのクリエイティビティにAIはまだ追いつけない

最後に、昨今のAIなどを含むデジタル技術進化が、今後のデザインにどのような影響を与えるかについて考えを伺ってみました。

一般的にデザイナーは、人間の眼で様々な製品やデザインを見て情報を受け、その蓄積をミックスし創造しています。それはネット上のたくさんの情報を用いて画像を作り出すAIが行っている作業と同じで、一見ヒトとAIでその行為に大きな差はないように思われます。

しかしAIは、現在までに存在するものをミックスしたり、アベレージを造ったりすることには長けていますが、今までに見たことのない全く新しいデザインを創造するという点では人間の方に軍配があがるのではないかと思います。

デザイナーはスケッチを描いているときに偶然引いた1本のラインや何気ないアイデアが、大きな魅力を生むことがあります。人間にはそういった偶然性を必然に変える力が存在し、それはAIには無い能力だと思います。

また、デジタル技術進化が、これまでのデザイン工程にどのような影響を与えるかについても伺ってみました。

確かに入社当時は、手描きでスケッチしていましたね。それがデジタル化され、鉛筆やマーカーがペンタブレットに変わりました。緊張して紙に一発描きしていた頃と比較すると、やり直しが効くデジタルスケッチは、スピードが上がり、グラフィックソフトによって描画表現も豊かになりました。また、最近ではデザイナーが3Dデータを自ら制作することで、いわゆるモックアップ(クレイを使った実物大モデル)の制作プロセスと、設計におけるレイアウト検討が同時進行できるようになり、効率も上がっています。

しかし、デジタルで生まれたものにはどこか“味気なさ”のようなものを感じてしまいます。そのため、今後も「人が跨り、触れて、どう感じるか」という評価のプロセスを無くしてはならないと思います。バイクのような立体の造形物は、やはり人間の感覚、感性、フィーリングに頼るところが大きいのではないでしょうか。

終始にこやかで紳士的にご対応いただいた澁田さんからは、バイクデザイナーとしてのプロ意識とともに、非常に豊かな人間力を感じました。澁田さんの研ぎ澄まされた感性と探求心がバイクデザインに反映されることで、今後もエポックメイキングな製品の登場を期待せずにはいられませんでした。

カワサキモータースジャパン

https://www.kawasaki-motors.com

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