絶対に怪我できないスタントマンによる安全運転の心構えとは?【タカハシレーシング】
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昨年、スタントマンを起用せず自身でアクションを演じることで有名なハリウッド俳優の映画が世界的な大ヒットとなった。50歳を超えてもなおアクションを自ら演じる彼は、飛行機免許も保有し、バイクやクルマの運転もプロ並みだ。彼のようにスタントマンを使わずに演技をこなす俳優は稀なケースであり、怪我などによって撮影中断のリスクを避けるために、基本的にアクションシーンではスタントマンが代役を演じている。
スタントマンの意味を調べると「映画などの撮影の際、危険な場面でスターの代役などを務める専門の俳優」とある。日本の映画やドラマなどといった映像作品でも、多くの場合はアクションシーンで俳優の代役としてスタントマンという職業が古くから存在している。
今回はそんな日本におけるスタント界の第一人者でもある、タカハシレーシング社長 高橋勝大さん(以下、高橋さん)にスタントマンの歴史から、安全に対する心構えまで伺ってみた。
ルーツは時代劇での馬乗りから始まった
高橋さんは、殺陣師の兄、女優業の姉という家庭環境で育ったこともあり、幼少期から映画やドラマで活躍する俳優の乗馬練習場に行く機会に恵まれ、乗馬をはじめ馬と接することも多かった。
1960年代に入りテレビの普及が始まった頃は、まだまだ映画が最盛期だった。こうした中で、出演者の怪我リスクを避けるために代役として活躍していたのがスタントマンである。
当時、人気を集めたコンテンツといえば時代劇だ。そこで高橋さんは、劇中の俳優になり代わって馬を操るスタントだけでなく、使用する馬の調教や、出演者への乗馬指導なども行っていた。一方で、殺陣師として忍者から侍まで刀剣を持って演技する際の指導もしていた。
1970年代に入り、急速に需要が高まったのが子ども向けの特撮番組、いわゆる“戦隊モノ”だった。時にはバイクに跨り、時には悪役と戦い、爆破もあり、肉弾戦もあり、刀剣を使うこともあり、アクションとしては実に多彩であり、スタントマンとしてはかなり苦労したそうだ。
大変だったノーヘル時代(ヘルメット着用義務化前)
今では信じられない、まだ日本でヘルメットの着用が義務ではなかった時代。1960年代から70年代にかけてバイク人口が急増し、若者ライダーの事故が多発したことから、1965年より高速道路走行時のみ着用の努力義務となり、1975年からは政令指定都市区間で排気量50cc超えは着用が義務化、50ccにも着用義務化が1986年7月から始まった。
つまり、ヘルメットの着用が義務化される以前は、ヘルメット未着用でバイクスタントを撮影することも多く、いくら経験豊富なスタントマンとはいえ実際の場面では制作側と念入りな下準備を要した。
また、バイクが流行り始めた時代とはいえ、バイクに乗ったことのない制作側からの演技要求は、時に無茶なことも多かったそう。
スタントマンが怪我をして撮影の進行を遅らせる訳にはいかないため、ストーリーに合わせたバイクの車種や排気量、撮影場所の道路状況を含めた走行環境の見極めなど、入念な確認とテスト走行などを行ったうえでスタントシーンの撮影に挑んでいた。
撮影現場ではスタントマンも含め生まれる達成感
やがて映画やドラマの撮影でも、“ボディアクション”と呼ばれる出演者の代わりにバイクで登場したり走り去るシーンのスタント要望が増え、クラッシュや爆破などの危険なシーンを演じるスタントとは一線を画す分野も広がっていった。
宮崎智子さん(以下、宮崎さん)もその一人。
ボディアクションを演じるスタントマンに求められるのは、主役のプロポーションに合わせた体型維持や、髪型、姿勢、所作に至るまで多岐にわたる。視聴者に代役だと気づかれぬよう細心の注意が注がれるので、撮影シーンにおいてもそれ相応の緊張感があり苦労も絶えない。
今回宮崎さんに「スタントマンをやっていてやりがいを感じる瞬間」について尋ねると、ワンカットずつアクションシーンの撮影が終了する度に、撮影現場からワッと拍手が起こる瞬間だという。この時ばかりは役回りや立場に関係なく、俳優、スタントマン、制作スタッフなどに一体感が生まれ、えも言われぬ達成感と感動に包まれるそうだ。
体を張った転倒シーンなどがあっても無事に撮影が終了すれば、疲れも多少の痛みも現場にいる全員からの拍手や笑顔で吹き飛んでしまうとのことでした。
高橋さんの考える安全意識「バイクの暖機+心の暖機」
最近のカースタントにおいては、複数台による複雑なシーンが増えたことにより、危険なスタントも非常に多くなっているという。彼らの仕事として、実際に劇中で出演者の代役として走行したり、アクションしたりするといった役割だけにとどまらなかった。
走行シーンを後ろから追走して撮影するクルマ・バイクの特殊な装備や補強など、都度アクションシーンの依頼に応じて準備するため、社内には特殊装備車両が多数保管されている。
彼らの経験や運転技術が様々な分野で活かされている
最近では、業務として日々運転をするドライバーの運転技術指導の依頼も多くなってきたという。
それは、上記画像のようにバイクやクルマを防災目的に活用する自治体も少しずつ増えており、また、インターネットの普及によって荷物を配送するドライバーを多く抱える企業も増加しているからだ。
劇中で危険を伴う様々なシーンの代役を務めるスタントマンとしての経験から得た技術が、仕事で運転をするドライバーの安全運転技術の向上に役立つとして多方から注目されている。つまり、スタントマンとしての知見がバイクやクルマのプレゼンス向上に一役買っていると考えると、非常に感慨深いものがある。
スタントマンだからといっても生身の人間。怪我をしても目を瞑っていいわけではないことについては説明不要だろう。そこで最後に、総勢15名以上のスタントマンを抱える高橋さんに日頃からどのようなこと気を付けているのか伺った。
近年「自分はドリフト走行が上手い」と自身満々に応募してくれる若者も少なくない。ところが、そのような人に限って運転の基礎ができていなかったり、実際の場面を見ると技術が及ばないケースの方が多い。そして何より、安全を担保するための指示をしっかりと守ってくれるかどうかが重要だ。
また、機械すなわちマシンを用いて安全に走行させるためには、自在に操ることも大事だが、基本はやはりマシンを思ったように停止させられること、それこそが一番大事だ。
技術力が高いスタントマンほど、意のままにマシンを止めることができる、つまり猛スピードやドリフト、ウィリーといったアクロバティックな技術よりも、撮影現場の限られた時間で、要求されたアクションを誰も怪我させることなく終えることができてこそ、プロのスタントマンと言える。
現在でも高橋さんはバイクに乗ることがあるそうだが、バイクを暖機運転しているあいだに、いつもこのように考えているそうだ。
「バイクの暖機とともに心も暖機」
皆さんもバイク乗車前の暖機運転をしているあいだに、心の暖機と称して気持ちを落ち着かせてから出発してみてはいかがだろうか?