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大隅半島を見下ろす(画像提供:本人)

バイクは旅の夢先案内人

昔からツーリングと言えばバイクで行く旅。バイクで行く旅のことを総じてツーリングと呼ぶのが常だった。しかし、昨今の世の中はどんな業界でも“多様化”の波。それはバイクの楽しみ方においても例外ではなく、もはやバイク旅をひとくくりにツーリングと呼ぶのは古いのかもしれない。そんなことを考えさせられた旅人と出会い、楽しみながらバイク旅をする興味深いお話を伺った。

旅人の名は野本淳さん(以下、野本さん)。長い間、医師という仕事を生業としていた。バイクとの出会いは、その頃仲間にひとりは必ずバイクに乗っている人が居た医学生時代に遡る。当時の野本青年はサイドカーやトライアルのバイクに憧れていたという。

医師免許を取得し、仕事が本格的に始まるまでの少し空いた期間を利用して、本場ヨーロッパにMotoGPを観戦しに行ってしまうほど根っからのバイク好きだった。

医師の仕事といえば、心身ともにとても負荷のかかるタフな職種であることは言わずもがな、そんなヒトの生死に関わる仕事を続けてきた野本さんだからこそ、バイク旅のなかで自然から癒される感受性が人よりも少しばかり強かったのかもしれない。

 

ある時期勤めていた大学病院では、夏季に比較的長めの休暇を取ることができたので、バイクでの旅や鈍行列車の旅にはじまり、やがては海外へと足を伸ばし、気付けば訪れた国は20カ国を超えていた。60歳を過ぎた最近では、一旦仕事にひと区切りをつけたことで旅に費やす時間に制限がなくなり、年間で100日以上家を空けることもあるそうだ。

大型二輪免許も所有し、トライアルバイク競技も3、4年やっていた経験があるという。今でも大型のサイドカーに乗っているが、なぜかバイク旅は決まって110ccの原付二種だった。たとえ行き先が東北や北海道、あるいは九州であったとしてもだ。

彼の旅に対するスタンスを聞いていると、ある曲の歌詞を思い出す。

「昨日まで少し急ぎ過ぎていて、道端に咲いていた花も気づかなかった。人生とはその到達点ではなくて、途中をいかに楽しむことだ」そんな歌だった。

 

ツーリングの価値観が大きく変わってきた

19世紀よりツーリングが盛んな欧州では、バイクの進化が加速しはじめた1980年代から21世紀に入るまで、バイク愛好家たちは長いバケーションに入ると遠方を目指し、こぞって旅に出た。長距離を移動するために快適な排気量の大きいバイクを求め、彼らにとっての高速道路走行は、まさに移動時間を短縮する目的だった。

アウトバーン※が最たるもの。無料かつ速度無制限区域があることで、サマーバケーションの時期は、キャンピングトレーラーを引っ張るクルマや150km/hを超えるスーパーカーに混じって荷物満載で長旅をするライダーにとっても、アウトバーンは恰好の移動時間短縮ツールだった。

日本のライダーたちもそんな長距離ツーリング志向に憧れていた時代があったが、どうやら昨今は様変わりしているようだ。
※ドイツ、オーストリア、スイスにまたがる速度無制限区域のある高速道路のこと。

 

楽しみ方はバイクが見つけてくれる

画像提供:本人

野本さんの場合、バイクはまるで“お宝探知器”のようだ。

大好きな東北地方をバイクで旅しているときに、あるコンビニで、山形県にあるさくらんぼ農家の収穫手伝いのアルバイト募集チラシを見つけてしまった。

どうしてもそのチラシが気になり、応募してさくらんぼ収穫の手伝いに行こうと思ったがコロナ禍で実施されず、結局3年越しに山形県に向かったのだった。

収穫アルバイトは長期間にわたるため、毎日の通勤や生活を考えて実際の収穫アルバイト時はクルマで行ったそうだが、野本さんは念のため事前に農家の方の人柄を確かめようと、改めてバイクで農家のおじさんの顔を見に行ったそうだ。

 

朝6時から8時までの気温が上がらない時間に収穫し、その後地元の農家の人たちと一緒に収穫したさくらんぼの選別を行う。大きさや熟れ具合、キズ、双子(実がくっついているもの)と出荷基準を満たさないものを除いて、ひたすら箱詰めをした。

売り物にならないさくらんぼを少し分けてもらい、凍らせて食べたり、晩酌のつまみにしたり、時給はそれこそ高くはないものの、毎日さくらんぼの香りに囲まれて、貴重な体験ができたとともに至福の時間が過ごせたそうだ。

野本さんのモットーは、移動には時間をかけてもお金はかけず、お金をかけるなら美味しい物や時を楽しむことへ投資。楽しみはもっぱらご当地の味覚と地元の人との交流だという。

そんな旅のお宝がみつかるからこそ、東北でも九州でもいつも下道。110㏄がちょうどいいのだ。

 

なぜか古いバイクが残っている東北・北海道

北海道 山部自然公園(画像提供:本人)

北海道はほとんどの町を訪れたという野本さん。

世界各国を訪れた彼にとっても、雄大な自然の広がる日本の絶景は格別であり、旅の醍醐味だという。彼のスマホに保存されていた絶景写真の数々がそれを物語っている。

最近はバイクでのキャンプが多く、旧型車だけのミーティングにもしっかりと顔を出しており、イベント関係者や業界人とも顔なじみになってしまったほどだ。時には北海道の旧型車ミーティングで出会った人に九州で遭遇し、互いに驚いた、なんてこともあったそうだ。お互い会話はしたものの、顔は忘れていたのだが、野本さんのバイクに貼ってあるステッカーが、以前の出会いを思い起こさせたのだった。
※年式の古いバイク。一部の違法改造車が「旧車」と呼ばれていることから、本稿では明確に区別するために、「旧型車」と記す。(むしろ旧型車が定着して欲しい)

 

夜は参加者のグループ毎でバーベキューが始まり、バイクで一人旅だった野本さんにもよく声をかけてもらい楽しいキャンプの思い出で一杯だった。

野本さんの話を聞いていてふと思ったのが、もしかすると東北以北には旧型車のイベントが多いのかもしれないと。バイクの保管スペースが確保しやすく、冬の乗れない時期があることで、むしろバイクが良い状態で維持されているのかもしれない。

以前、筆者が降雪地域のバイクディーラーを訪問した際は、ちょうど店頭商品の入れかえタイミングで、店主がバイクを裏の倉庫へ格納し、入れ替わりで除雪機を店頭に陳列していたことを思い出した。

その店ではユーザーのバイクも預かり、バッテリーを外したり、ガソリンを抜いたりと、長期保管のためのメンテナンスまでを請け負っていたのだった。

 

巡り合う大自然同様に顔がほころぶ旧型車の集い

東北 みちのくミーティング(画像提供:本人)

イマとは違って、外装パーツのほとんどが金属で作られていた旧型車。金属加工の限界もあるのか丸みを帯びたエレメント(部品)で構成されたバイクはどことなく愛嬌があって見た人の心を温める。

普段はなかなかお目にかかることの出来ない貴重な旧型車を眺め、初対面の人とでも各々の愛車にまつわる思い出を語りあい、尽きぬ話でいつしか日が暮れる。

 

最近のお気に入りは小豆島

小豆島の醤油蔵横にて(画像提供:本人) 実は小豆島は日本の三大醤油産地の一つ

最近、野本さんがバイクで足しげく通う旅先は小豆島だ。

きっかけは、初めて小豆島をバイクで旅した際に出会った、大阪から小豆島へ移住しビアテラスを始めた夫婦。海を眺めながらビールが飲めるロケーションが気に入り、徐々にお客さんが増えていくお店の大ファンとなり、小豆島へ行けば必ず立ち寄る場所となった。さらに宿の店主・女将とも仲良くなり、彼らに会うことも楽しみの一つになった。

最近は、バイクで訪れるだけでは足りず、電車で訪れることも追加したという。決して大きな島ではないものの、それゆえに島に住む人々の活気が伝わり易いのだそうだ。バイクで走るだけでなく、時にはおりてひたすら歩いて88か所、200kmに及ぶ島遍路をすることもあるという。

「おかえり」と迎えてくれる宿の夫婦、海を見ながらの地ビール、島遍路。想像しただけでも興味をそそられる。

 

旅の楽しみ方は旅人が決めるもの。なんだって正解

奄美の沖之永良部島で洞窟探検をする野本さん

ひと昔前までは、年齢・性別・住まい・職業・趣味、そこから行動パターンを見つけ出し、消費者の未来の消費行動を予測するのがマーケティングの王道だった。“消費者の囲い込み”という言葉も、インターネットの普及や、個人情報保護法などによってなかなか難しい時代となったことも事実だ。

一方で、旅人野本さんのお話を聞いていると、カテゴライズ(カテゴリーのはめ込もうとする)自体の方が大きな間違いのように思えてきた。

遠方だから大排気量、ツーリングだから温泉・グルメ・絶景といった画一的な考えは今の時代に即していないのかもしれない。バイクは旅のツールに過ぎず、旅の楽しみは行く前に決めるのも、途中で決めるのも、行ってから決めるのも、人それぞれで良いのではないか。

そう思った途端、何だか旅の楽しみ方がパッと大きく広がったように感じた。

もう季節は春!さあ、バイクで気ままに自分だけの楽しみを見つけ、旅をしよう!

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