大阪府、大阪大学、一般社団法人日本自動車工業会 二輪車委員会*注1（自工会・二輪車委員会）の３者は、今年９月末から、電動バイクの普及に関する実証実験プロジェクト「eやんOSAKA」に取り組んでいます。大阪大学の学生と職員のモニターに20台※注2の電動バイク※注3（原付一種）が有償で貸し出されており、その利用状況を把握・分析することで、普及拡大への手がかりを探り出そうというものです。

３者のプロジェクト担当者に、この実証実験に期待するものとは何か、話を聞いてみました。また、学生のモニター２人に、電動バイクを利用してみた感想を尋ねました。

※注1：旧組織の二輪車特別委員会は、2020年10月1日より「二輪車委員会」に名称を変更した

※注2：実証実験に使用する電動バイクは20台用意され、19台を学生に貸し出し、1台は大学職員がシェアして利用している

※注3：Honda BENLY e: I（原付一種／50㏄相当）

産学官の連携で電動バイクの普及を推進

「eやんOSAKA」の記者発表（8 月 19 日）

自動車の世界に巻き起こったEVシフトの波は、二輪車にもおよんでいます。電動バイクの普及拡大は、二輪車メーカーだけでなく、社会が抱える課題でもあります。

そうした状況を踏まえ、「eやんOSAKA」は、産学官が連携することで、電動バイクの普及にいっそうの推進力をつけようという狙いがあります。３者が共通のビジョンを持って連携しつつ、それぞれの立場でプロジェクトに意義を見い出しています。

交換式バッテリーの有効性を検証

３者の共通ビジョンという点では、今回の実証実験は、交換式バッテリー※注1のメリットに注目し、バッテリー交換のネットワークを構築することが、電動バイクの普及を進めるカギになるということで一致しています。というのも、これまで電動バイクの課題として、１回の充電による航続距離が短いことと、充電にかかる時間が長いことが主に指摘されてきました。しかしバッテリー交換が可能な場所が世の中に整備されれば、外出した先でも、容量の減ったバッテリーを満充電のバッテリーに交換でき、ユーザーは安心して行動範囲を広げられます。充電に必要な時間を取られることもありません。交換式バッテリーが、電動バイクの弱点を解決するという考えです。

そこで「eやんOSAKA」では、大阪大学（吹田・豊中の２キャンパス）と、大阪府北部（吹田市・豊中市・箕面市）にあるコンビニエンスストア（ローソン）をステーションに見立てて、電動バイクのモニターが立ち寄ってバッテリーを交換できるように準備されています。この環境下で電動バイクがどのように利用されるかデータを蓄積し、分析することになっています。

大阪大学に設置されたバッテリー交換機

なお、交換式バッテリーに関しては、2019年４月にカワサキ、スズキ、ホンダ、ヤマハの４社が「電動二輪車用交換式バッテリーコンソーシアム」※注2を発足させ、メーカー相互に共通利用できるバッテリーとそのバッテリー交換システムの標準化について検討を行っています。「eやんOSAKA」は、こうした動きとも連動しており、技術的なバックグラウンドが進展するなかで行われています。

※注1：電動バイクにはバッテリーを交換するタイプと、バッテリーを充電するタイプがある。

※注2：日本国内における電動バイクの普及に向け、交換式バッテリーおよび交換システムなどの仕様を共同で検討している。

快適な利用環境へ向け課題を洗い出す＝自工会

自工会・二輪車委員会は、2018年４月に「二輪EV普及検討会」を内部に設け、さまざまな検討と協議を行い、「ユーザーの利便性を優先して考えると、交換式バッテリーのメリットは大きい」との結論を得ています。バッテリーの規格の標準化など技術要件については前出のコンソーシアムが引き継ぎ、メーカー４社が協調できる領域に関しては、今年10月１日、自工会・二輪車委員会内に「電動二輪車普及部会」が新設され、電動バイクを普及させるための環境づくりに取り組んでいくことになりました。

同部会の三原大樹部会長は、「大阪での実証実験は、モニターの同意を得て、電動バイクの利用状況について、利用頻度や走行距離、移動時間、バッテリーの交換タイミングなど分析しています。また、モニターからは利用用途や使い勝手をヒアリングします。それらのデータから、電動バイクが快適に利用できる距離範囲はどの程度か、安心してバッテリー交換ができているか、いろいろな知見や課題が浮き彫りになると思います」と語ってくれました。

三原大樹部会長

電動バイクの場合、郵便事業やデリバリー事業などビジネスユースではバッテリー交換できる場所をグループ企業内に設置できることから、活用の目途が立ちやすい。一方、今回の実証実験は、一般の個人ユースを想定しており、バッテリー交換できる場所は、大学やコンビニエンスストアの協力があって成り立っています。

「まず今回の実証実験によって、街なかに必要なバッテリー交換場所の数などのイメージが出てくると考えています。たとえば半径５km以内に１カ所あれば足りるとか、足りないとか。それを踏まえて次のステップでは、車両の台数を増やして、大阪市全体をカバーするくらいまで実験範囲を広げたい。そしてその際、バッテリー交換場所を誰がどこに設置するのか、ビジネスモデルとして採算が成り立つかといった問題が出てきます。それを検討していくことが今後の課題です」（三原部会長）。

海外では、電動バイクのバッテリーステーション等の整備に、政府が多額の補助金を拠出している例もあります。一方、日本国内では、そもそも原付一種の需要が大きく落ち込んでおり、ガソリン車と同じ扱いでは電動バイクの普及は難しいとする見方もあります。

三原部会長は、「その点は私たちも痛感していて、電動バイクの性能が向上して、バッテリー交換できる場所が整備されたとしても、何か魅力的なインセンティブがないと、電動バイクの需要喚起はなかなか難しいと思います。車両購入時の補助金や優先的な駐車スペースの確保、電動バイクによる通勤・通学の奨励など、いろいろな優遇措置が考えられます。自工会としては、そうした環境整備も含め、電動バイクを普及する活動に取り組んでいきたいと考えています」と話していただきました。

地場産業振興の観点から成果を期待する＝大阪府

今回プロジェクトに参加した大阪府には、蓄電池を開発する企業や、その関連ビジネスに携わる中小企業が多い。大阪府商工労働部では、そうしたエネルギー産業の成長促進に関する取り組みを行っており、さまざまなバッテリー関連プロジェクトを立ち上げるなど、産業のすそ野の拡大を図っています。

キャンペーンポスター

とくに電池関連製品の実用化に向けた取り組みでは、実証事業を行う企業を応援し、支援メニューを設けるなど、サポートにあたっています。「eやんOSAKA」も、その取り組みの一つとなっており、実証実験のためのフィールド調整やPR協力など大阪府の役割も大きい。

商工労働部 成長産業振興室 産業創造課の木下 巌課長補佐は、「電動バイクが普及することによって、大阪の電池関連の企業に、何らかのビジネスがつながってくることが期待されます。電池そのものだけでなく、そこから派生するAIやIoTの分野など、さまざまなビジネスの可能性が出てくると思います」と語っています。

木下 巌課長補佐

また大阪府は、原付一種の保有が日本でもトップクラスの自治体として知られています。「今回、プロジェクトの舞台に大阪が選ばれたのは、そういう“大阪ポテンシャル”といったことも感じていただいたのかなと思っています。潜在需要は大きいはずですから、電動バイクが抱えている課題をブレイクスルーして、新しいモビリティシステムとして魅力を提案することが大事だと思います」（木下 巌課長補佐）

特に大阪での開催が予定されている「2025年日本国際博覧会」（大阪・関西万博）に向けて、SDGs※注1を達成するために、電動バイクが寄与することも視野に置いています。木下課長補佐は、「今回のプロジェクトが無事に成功すれば、大阪・関西万博で電動バイクを活用することも大いに検討できるはずです。有意義な成果が出てくることを期待しています」と、話していただきました。

※注1：SDGs（エス・ディー・ジーズ）とは、持続可能でよりよい世界を2030年までに実現させる国際目標。2015年9月の国連サミットで採択され「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて提唱されている。

学生モニター①「経済性が優れるなら電動バイクを選びたい」

実証実験開始から約１カ月が経過した今年10月下旬、大阪大学を訪ね、２人の学生モニターに電動バイクの利用実感など、感想を尋ねてみました。

大学院で建築工学を学んでいる修士２年の安井ひかるさん（24歳・奈良県生駒市）は、以下のように話してくれました。「最寄り駅から大学まで徒歩30分もかかるので、その間の通学利用と、吹田と豊中のキャンパス間の行き来に利用したいと考えて、モニターに応募しました。４年前に原付免許を取得して、乗ろうとは思っていたのですが、私には価格が高いので購入できないままでした。今回、月1,000円のレンタルと聞いて飛びつきました」

広いキャンパス内も便利に移動できる

安井さんがバイクに乗車するのは、運転免許試験場での原付講習以来とのこと。「あの時乗った感覚と比べて、電動バイクのほうが私には運転しやすい感じがします。スロットルの感覚が加速に直結しているので、反応がわかりやすいからか、怖い感じがないのがいいですね。気楽な気持ちで使えています」（安井さん）

簡単にできるバッテリー交換

現在のところ、大学の最寄り駅に駐輪場を借りて通学に使っているとのこと。また、安井さんは以下のようにも語ってくれました。「これまで昼食はキャンパス内で済ませていましたが、バイクに乗るようになってから、昼食を学外で食べることが多くなりました。それが大きな変化ですね。まだ長距離を走っていないのでなんとも言えませんが、バッテリー交換も簡単だし、とくにストレスは感じないですね。コンビニでバッテリー交換ができるなら、わざわざキャンパスに入る必要もないし、かなり便利だと思います」（10月下旬時点ではまだコンビニでのバッテリー交換が開始されていなかった）。

モニターが終わってもバイクに乗り続けるかどうか尋ねると、「便利さを知ってしまったのでぜひそうしたいのですが、予算ですね。電動バイクは初期費用が高いようですが、ランニングコストが安いのが魅力ですよね。経済性が優れると判断できるなら、私は電動バイクを選びたいと思います」とのことでした。

学生モニター②「環境にいいというのが誇らしい」

工学部 地球総合工学科で、交通が地域生活におよぼす影響について研究している佐藤大地さん（22歳・箕面市）も、バイクに乗るのは今回が初めて。 「電動バイクって、思ったより大きくて重かったので、ちょっと慎重になりました。スイッチを入れてもエンジン（モーターのこと）がかかってるのかわからなくて、本当に静かすぎて初めは戸惑いました」と、第一印象を振り返ってくれました。

大学周辺で毎日のように乗ってます！

今はもうすっかり運転に慣れて、自宅から大学まで、あるいは自宅からアルバイト先まで、毎日のように利用しているという。さらに大学から15kmほど離れた池田市まで行って、卒論テーマに関するフィールドワークも電動バイクでこなしているとのことでした。

「環境に優しいのがいい」と話す佐藤さん

「電車や自転車と比べて、行動範囲が飛躍的に広がりました。片道20km程度で、40%くらいバッテリーが減るので、池田市で用事をこなして帰ってくると、ちょうどゼロになる感じ。でも、その途中に豊中キャンパスがあるので、様子をみてバッテリー交換ができるんです。なので、とくにこれまでバッテリー切れを気にしたことはないですね」（佐藤さん）

また、佐藤さんは、「これに乗っていて思うんですが、環境にいい乗り物に乗っているという誇らしい気持ちがあります。騒音がないのもスマートだし、周りに対して負い目がないというか（笑）。そして最近は、走ることが面白いと感じていて、出かけて行って用事が済んだら、ちょっと気持ちのよさそうな道を遠回りして帰ってきたりして、けっこう楽しんでいます」

「こうして１カ月以上も乗っていると、ほとんど自転車に乗らなくなってしまって、なんだか体重が増えてきたんです。ジムに通おうかとか何かスポーツしようかとか、生活が変わっていく予感はありますね。オートバイにも乗ってみたいと思い始めているし、原付１台でこれからいろいろな変化が起きそうです」と話してくれました。

ニューノーマル時代のモビリティシステム＝大阪大学

大阪大学大学院 工学研究科 地球総合工学専攻 社会基盤工学コースの葉 健人助教は、「eやんOSAKA」に期待する成果を次のように語っています。

「交換式のバッテリーを搭載した電動バイクと、バッテリー交換ステーションを組み合わせた新しいモビリティシステムが、どのような社会課題を解決し得るか、私たちはそこに関心があります」。

葉 健人助教

葉助教は、電動による「低炭素」、バッテリー交換ステーションのネットワーク化による「低ストレス」（利便性向上）、そしてバイクで移動することによる「低感染」（“3密”回避）というキーワードを挙げ、社会が“ニューノーマル”といった変わり目にあるなかで、電動バイクという新しい価値観によって、これまでにないモビリティシステムが社会に定着する可能性があると期待しています。

「たとえば、感染リスクを避けるための通勤手段として、環境にもいい電動バイクが選ばれれば、感染防止とCO2削減という２つの社会課題の解決に寄与します。公共交通の空白地帯を電動バイクが補完したり、高齢者のラストワンマイル※注を担ったり、災害時の電源供給源としてバッテリーが活用されるなど、電動バイクを使ったモビリティシステムは、さまざまな可能性を秘めているのです」

バッテリー交換ステーションの整備については、「そもそもバイクは回遊性の高い乗り物なので、目的地に行って帰ってくるだけでなく、目的地の周辺でいろいろな場所に立ち寄る効果があると考えています。バッテリー交換ステーションを中心に、新しい経済活動が促されるなど、いろいろな活性効果が誘発できます。コンビニエンスストアで何かついでに購入するのもそうですし、市役所や公民館などの公共施設にバッテリーを配置すれば、行政サービスの向上につなげられるかもしれません。そういうことに価値を見い出せるプレーヤーをもっと巻き込んで、社会の公共財としてバッテリー交換ステーションを整備していく考え方も必要だろうと思います」と話してくれました。

※注：駅やバス停など公共交通機関のステーションから自宅までの最後のアクセス。

JAMA 「Motorcycle Information」2020年12月号より